てがみ
おっという顔をしたむつは、もう1つをフォークに刺して手をそえて京井の方に差し出した。
「お行儀悪いのは分かってるけどね」
「…むぅちゃんからの申し出を断るほど、礼儀知らずではないですよ」
京井はむつの手を取って、ぱくっとローストビーフを口に入れた。ゆっくりと咀嚼をする目付きが、だんだんと険しくなっていく。
「リンゴのソースが美味しいと思わない?外面しっかり焼いてあっても固さっていうか、パサつきがないと思うし」
フォークを祐斗の持っている皿に戻したむつは、険しい表情を浮かべる京井の顔を覗き込むように見た。ようやく飲み込んだ京井は、ふぅむと唸っている。
「…来て良かったと思ってます」
「あ、完全に仕事モードだ」
「ここの料理凄いですよね。食べた事ある物でも、比較にならないくらい美味しくって…」
祐斗は皿に残ったローストビーフを口に入れて、もごもごしながらにんまりと笑みを浮かべている。純粋に美味しい料理に幸せを感じている姿に、むつと京井は微笑んでいた。だが、口元に笑みは浮かべられていても目元には、真剣な表情が浮かんでいる。
「こうも素晴らしい物ばかりってなると、ますます主催者が気になるのはあたしだけかしら?」
「私も気になります。人ではないのは確かでも…見ず知らずの我々を招待する程の物好きが世の中に居るとは思えませんし」
「…ちょっと探ってみるか?」
むつと京井の会話が聞こえたのか、シャンパングラスをむつに差し出しながら、山上が低い声で言った。グラスを受け取ったむつが、微かに頷くと山上はただ通りかかっただけの人のようにすいっと離れていき、人混みの中に消えていった。
「怪しさ満点なのに、この中だと目立ちもしないなんて…恐ろしい人だわ」
ぼそっとむつが呟くと、京井はこくりと頷いた。




