とあるひのこと
翌朝、寒さでか目を覚ましたむつは部屋を見渡した。うっすらと差し込む光はまだ暗い。だが、どこに何があるのかくらいは分かる。そっと上着を持つと、忍び足で部屋から出た。まだ誰も起きてはいないのか、1階も静まり返っていた。少し散歩をしようと、玄関に行くとすでに鍵は開いていたしサンダルも1つない。京井がまた散歩にでも出てるのだと思い、そろそろと戸を開けると外に出た。
ひんやりと冷たい空気で頬が痛いくらいではあるが、天気はよくなりそうだった。かこっかこっとサンダルを鳴らして、ゆっくりと歩いた。普段なら早く起きても、外に出ようという気分にはならない。やはり、いつもと違う雰囲気のせいなのか、部屋に居ては勿体無い気がしていた。
京井の気配を探るように、むつはひんやりと冷たい空気を大きく吸い込んだ。京井どころか、周りに人が居そうな気配がない。玄関は開けっぱなしで、濡らしたサンダルを外に干してるだけかもと思い、むつは庭に回ろうと振り向いて、びくっと肩をすくませた。
「…っと、悪い。前にも驚かせたな」
「うん…静かに寄ってくるの職業病?」
「このサンダルだからな、音がすると思ったんだけど。そうでもなかったな」
悪気のない冬四郎は、爽やかな笑みを浮かべていた。前に仕事を兼ねて京井の経営する別の旅館に行った時も、朝早くには冬四郎が居た。前は風呂場だったのを思い出し、むつは少し赤くなった。
「…で、何だ?寝れなかったのか?」
「目が覚めたの」
「西原君とのデートが楽しみで起きたってわけじゃないのか?」
からかうような冬四郎の言いように、むつは少し顔をしかめた。楽しみではないと言ったら嘘になるが、冬四郎からそんな風に言われるのは何だか嫌だった。
「楽しみじゃ、ないのか?」
「…そういうわけじゃないけど」
「どうした?」
「分かんない…」
「何が?」
ふぅと溜め息をつくと、むつはサンダルを鳴らして、離れの中に戻っていった。残された冬四郎は、むつの後ろ姿を見ていたが、ややあって追うように戻っていった。




