なやめるおとめ
「上手いな…むぅちゃんを追ったつもりなんだろうけど、山上さんはまんまと乗せられたね」
京井は缶ビールを呑みながら面白そうに呟いた。話し方がいつもと全然違う事に、颯介は意外な一面を見た気がしていた。
「乗せられたって言うのは?」
「むっちゃんは煙りの中でわざと足音を立てて走って行ったけど…本当に行った先は反対方向なんですよ。足音をだんだんと小さくさせて遠ざかったように思わせて横に移動していきましたから」
京井の説明を聞きながら、成る程ねと颯介は頷いていた。むつの作戦は、人には効果があるものだったようだ。
「ね、むっちゃん」
「バレちゃったか」
むつはベンチの後ろから出てきた。颯介は驚いていたが、京井も夕雨も何も言わずに笑みを浮かべているだけだった。
「2時間逃げたら良いんでしょ?動き回って体力を消耗させるのは得策じゃないからね…一応、向こうは現役の警官に体力のついてきた祐斗が居るし」
むつは警戒来るように辺りに目を配っていたが、身をかがめたまま京井の後ろにぴったりと身を寄せると、缶ビールを取ってぷしゅっと開けた。
「あーっ久々だわ。美味しいっ」
「むつ、まだ勝負はついてないんだぞ?」
夕雨が諌めるように言うと、へへっとむつは笑った。そして、すっと真顔に戻ると京井に缶ビールを渡してまた音もなく下がっていった。
「むっちゃん、逞しくなりました」
「…といより、野生じみた気がしますよ」
颯介と京井が夕雨を見ると、夕雨はにやにやと笑うだけだった。




