みなうちに
「ったく…これから、春にかけて少し忙しくなるっていう時に…やっぱりライバル会社からの嫌がらせか?」
ぶちぶちと文句を言いながら、山上もタバコに火をつけると、はぁと溜め息と一緒に煙を吐き出した。
「春先は忙しくなるんですか?」
意外だと言いたげに冬四郎が聞くと、山上は頷いた。万年閑古鳥の鳴いてそうなよろず屋でも、忙しい時がくるのかと西原も、驚いたような顔をしている。
「万年暇じゃねぇよ‼どうやって、俺はむつに給料払ってると思ってんだよ‼」
「…山上さんが働いてるわけではないと思いますけど?むつと湯野さんと祐斗君が身体をはるから…」
「山上さんも飯が食っていけるという事ですね」
西原の言葉を引き継いで冬四郎が言うと、山上はちっと舌打ちを鳴らした。だが、基本的には事務所でのんびりしているだけに、山上は文句は言える側ではないし、むしろ養われている側といってもおかしくはない。
「で、何で春先は忙しくなるんですか?ってか繁忙期って夏のイメージですけど?」
「…むつ、バカな西原に説明してやれ」
「えー…面倒くさいなぁ。自分でしなよ、自分が言いかけてる事でしょ?最後まで責任持ちなさい」
年下であり平社員とは思えない言い様だが、確かにそうだなと山上は納得したようだった。
「春つーかな、季節の変わり目ってあるだろ?そういう時って人が体調崩しやいだろ?邪気が生じるからその影響でなんだ。春先は上巳ってのがあってな…3月3日の桃の節句。その辺りってなると、異動とか引っ越しとか、慌ただしくもなるからな、余計に体調も崩しやすくなるんだろうけど…夏は、涼しくなるようにっていう怪談が持て囃されたからな。そのせいでいまだに忙しくなるんだ」
「…山上さんからそんな説明を聞く日が来るなんて思いもしませんでしたよ」
西原が感心したように言うと、山上は舌打ちを鳴らして、灰皿にタバコを押し付けて火を消した。
「俺だって無知じゃねえんだ‼」
「いや、だって…山上さんがこんな会社を立ち上げた理由がいまだに俺には分からなかったんで…」
「…ほっとけ」
山上は理由は言わんと呟いて、コーヒーをいれると言ってキッチンの方に向かっていった。




