あまいゆうわく
「…お兄さんも篠田さんも…凄いですね」
「本当に痴話喧嘩の後って感じですね」
菜々と祐斗の感心したような声に、冬四郎も篠田も何も言えなかった。ただ、ひりひりと痛む引っ掻き傷を隠すように手で覆うのみだ。
「だっさーい」
「いい気味」
こさめとむつが馬鹿にするように言うと、篠田は再びうなだれた。こさめから言われる事は、そうとうに堪えるようだった。
「お2人は仕方ありませんよ。それより、むつさん部屋どうしますか?このまんまじゃ流石に…」
「うん、チョコ臭い」
「片付け手伝うわ」
「そうね…」
何でか申し訳なさそうな顔をする菜々を見て、むつはどうしようかな、と下唇を撫でて悩んだ。
「むつ…?」
「うん、ちょっと待ってて」
冬四郎の上着を着ているむつは、菜々とこさめの手を掴んで引きずるようにして寝室に入った。ぱたんっとドアが閉まり、残された男3人はどうしたものかと顔を見合わせた。
「…所で、谷代君?」
「…何でしょう」
しかめっ面の冬四郎はタバコをくわえると、火をつけないまま祐斗をじっと見ていた。引っ掻き傷はダサいが、やはり冬四郎には凄味がある。じっと見られると、祐斗は居心地悪そうに身動ぎをした。




