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あまいゆうわく
壁がなくなり、むつの命令により飛び出したこさめは、先ず篠田の前から偽物のこさめを引き剥がすと、篠田の頬を思い切り張り飛ばした。そして、かんはつを入れずに冬四郎にしだれかかっているむつの頭をばしんっと叩いた。その力はそうとうだったのか、むつの首はぽきっと折れて床に落ちた。
それでも怒りの収まらないこさめは、自分の偽物の頭をぐしゃっと握り潰して、ついでのように冬四郎の頬も張り飛ばした。
素早く無駄のないこさめの動きを、むつは仰向けになったまま見ていた。やっぱり猫は素早いな、と感心していた。だが、いかに偽物でも自分の首が床に転がるのを見たむつは苦笑いを浮かべるほかなかった。
「なぁーおぉーやぁー?」
「こ、こさめ…あれ?こさめ…何で?」
しゃーっと怒りながら、こさめは篠田の胸ぐらを掴んで、ぐらぐらと揺すっている。むつはそれを止める気にもならず、ゆっくり立ち上がると冬四郎の前に行った。そして、これみよがしに握り拳に、はーっと息をはきかけてごんっと冬四郎の頭を叩いた。
流石の冬四郎もそれには呻いたが、何も文句は言わなかった。否、言えるはずもなかった。




