あまいゆうわく
偽物の菜々を突き飛ばした祐斗は、貸していた上着を掴むと、テレビのある方へと向かった。だが、すぐにどんっとぶつかった。
「…いったぁ…最悪だ。かっこ悪っ」
ぶちぶちと文句を言いながら、祐斗は額を擦りながら、そぅっと手を伸ばした。指先には、ひんやりとした物が触れている。
「これか…この向こうに菜々さん居るのかな?って事は、むつさんとこさめさんも?」
ぺたぺたと見えない壁を触りながら、祐斗は独り言を言っている。考えている事が、口から出ていくのはむつの影響なのかもしれない。
「うーん…壊し方分かんないや。むつさん、何してんだろ…菜々さんは大丈夫かなぁ…部屋の中寒いし、風邪でもひかれたら嫌だな」
菜々には声が聞こえているとも思ってもいない祐斗は、はぁと溜め息をつきながら、思った事をぽろぽろと溢している。
「宮前さんと篠田さんは使えないし…」
偽物のむつとこさめに手を焼きながら、でれでれしているおっさん2人を見た祐斗は、鼻で笑うしかなかった。
「ダメだな…ったく、好きな人くらいちゃんと分からないと…本当に好きなのか疑いたくなるよ、あれじゃあ」
むつとこさめが可哀想だと祐斗は呟くと、真剣な顔つきとなった。そして、ぐっと握った拳を振り上げて、自分と菜々を隔てる壁を壊すかのように、どんっと叩いた。




