あまいゆうわく
むつはもう冬四郎と篠田の様子も見たくないのか、見えない壁に背中をつけると、ずるずると座り込んだ。そんなむつの横に、こさめもちょこんっと座るとむつに寄り掛かった。
「…篠田さん、ばか」
「しろーもばか。西原にする?」
「どっちも…」
「どっち。それで、むつのチョコは本当は誰に渡す用だったの?本当にしろーでも西原でもないの?」
「うん。お父さんに送ろうかなって…あのね、この前の事で色々迷惑も心配もかけたから。お父さんに1番最初に渡したいの」
「ふぅん?好きにも色々あるって事?」
「そういう事」
寄り掛かっているこさめの頭を撫でながら、むつは先に父親からネックレスが来るとは思ってもいなかった。だが、それは何があったのか見ていた父親だからこそなのだろう。そう思うと、父親はどう思って、これを選んでくれたのか気になった。
「いいんだよ…色々な好きがあって。チョコ渡すのなんてさ、日頃の感謝とか友達だからとかでいいの。だから、こさめにも持って帰って貰おうって思ってたの」
「…こさめはむつの分作ってない」
「ホワイトデー期待してるから」
「…頑張る」
くすくすと笑いながら、むつはこさめを引き寄せてぎゅっと抱き締めた。
「なぁに?」
「ううん…こさめ大好き」
「こさめもむつ大好きだよ」
こさめはむつの首に腕を回そうとしたが、包帯が気になったようで腰に回すようにした。それに気付いたむつは、優しげな笑みを浮かべて、ありがとうっと言った。




