あまいゆうわく
ゆっくりと目を閉じたむつが少し顎を反らすと、冬四郎は緊張してか、ごくりと喉を鳴らした。以前には、首筋や頬に唇を押し当てられた事もあったが、それは訳があって、むつからしてきた事。今は、そうではなくせがまれている。こんな日が急に来るなど、思いもせず冬四郎はどうしたらいいのかと悩んだ。だが、むつのぷっくりと柔らかそうな唇は魅力的でもある。深呼吸をした冬四郎は、ぎこちなく顔を近付けていった。
むつの吐息が感じられる程の距離になった時。ピンッポーンとチャイムが鳴り、冬四郎は慌ててむつから離れた。篠田もこさめを引き剥がしている。2人は顔を赤くさせながら、何事かと顔を見合わせた。すると、再びチャイムが鳴った。
「だっ、誰か来たみたいだな」
「そ、そうみたいですね。むつ、誰か来たぞ」
うわずった声の冬四郎は、咳払いをすると再び鳴ったインターフォンの受話器を取った。画面に写っているのは、見慣れた顔だった。だが、やや緊張でもしているのか表情が固い。
「あ、谷代君」
『あれ?宮前さんですか?むつさんは?何か、仕事終わったら来なさいって…』
拍子抜けしたような祐斗の声に、冬四郎はほっとしていた。むつが呼び出し、祐斗が元気ないという事は、仕事の事で呼び出しでも食らったのだろう。祐斗の様子からして可哀想にも思うが、タイミングよく来てくれて良かったとも思う。だが、ほんの少し遅くても良かったんじゃないかと、恨むような気持ちもある事に気付いた冬四郎は、とりあえず上がるように祐斗に伝えた。
「むつ、谷代君来たぞ。仕事の話なのか?とりあえず、だから…早く服を着なさい」
「こさめも服を着なさい。風邪ひくから」




