ごじつ
海が近くなってくると、息が上がってきたのか、祐斗は走るのをやめて立ち止まった。そして辺りを見回した。街灯は、ぽつぽつとあるが人通りはないし、海風が強くて余計に寒い。
「かっ…片車輪ーっ‼」
祐斗は人目がないからか、携帯を持っている手も一緒に口の端に添えて大声で片車輪を呼んだ。叫んだとしても、聞こえているのかは怪しい。だが、今は他に頼れる相手が居ない。むつも協力者が欲しいと言っているのだから、ここで片車輪には嫌でも出てきて貰わないと困る。
「片車輪ーっ‼どこだーっ‼おーいっ‼片車輪ーっ‼か・た・しゃ・り・んーっ‼片車輪ーっ‼」
姿を現すまでは、しつこく呼び続けるつもりで、祐斗は大声で叫んだ。真夜中に、海の方に向かって大声で叫ぶ祐斗を通行人が見たら、何と思うのだろうか。だが、幸いにも人影はないし近くに民家もない。
「はーっ、くそっ‼かたっ…!!」
もう1度、叫ぼうとしっかりと空気を吸い込んで言いかけた所で、後ろから分厚い物が祐斗の口をふさいだ。驚いた祐斗が振り向くと、そこには大柄で強面な男が顰めっ面をして立っていた。
「しーっ‼何を何度も叫んどんねん‼恥ずかしいやないか‼聞こえとるわ、どあほ」
「むーっ‼んーっ‼んーっ‼」
大きな手で鼻まで塞がれた祐斗は、片車輪の手を引き剥がすと、はぁと息をついた。祐斗の口と鼻を塞いでいた片車輪は、悪気なさそうに首を傾げているだけだった。
「…何や?あれ、この前百鬼夜行でも会った…あれやんな?おねぇちゃん所の…えーっと、あれや、あ‼谷代君や‼」
「片車輪!!来てくれたんだ‼むつさんっ‼片車輪来てくれ…って、あれ?電話切れてるし」
祐斗の名前をようやく思い出した片車輪をよそに、祐斗はむつに片車輪が来たことを伝えようとしたが、いつのまにか電話は切れていた。走っている間に切ってしまったのかと思い、祐斗がすぐにかけ直すと、むすっとしたようなむつの顔が見えた。
『あんたねぇ…携帯を口元に持ってって叫ぶんじゃないわよ。うるさいからね。で?片車輪は?来てくれた?』
「あ…すみません。片車輪来てくれました‼」
「何や?おねぇちゃんか?」
『おねぇちゃんはやめてって。むーつーだーって何回言えば覚えるのよ?連絡先も交換してるのに…』
「ってか、連絡先交換…って、あ…もう…むつさん、それなら最初からむつさんが片車輪に連絡してくれたら良かったじゃないですか…」
『今夜の主役は祐斗だもん。祐斗が呼んで頼まなきゃ意味がないでしょ?』
「はぁ…まぁ…そうですね」
「何や何や?年末なのにどないした?」
何故呼び出されたのか分からない片車輪は、疲れたような様子の祐斗と電話越しに偉そうにしているむつを交互に見るだけだった。




