みずのにおい
「ごめん、はっきり言ってくれるか?何かとかじゃ、全然分からない」
「何者かは、わたしにも分かりません。ですが、池に住む妖が何の目的か知りませんが、先輩をここに引っ張ってきた、って事です」
「………」
妖と言われても、西原は素直に納得出来ない。そもそも、そんな物が存在しているとさえ思えない。むつこそ、どうかしているのではないかと、西原がいぶかしむような視線を送ると、むつは傷付いたようにうつ向いた。
「…とにかく、何でも良いですから。戻りましょう。ここに居ると…危険です」
そう言ったむつは西原の手をほどいて、西原と池の間に割り込むようにして立った。背中で踊るようにして、長い髪が揺れている。月に照らされて、真っ黒な髪の艶やかさがより強調されている。綺麗だと、西原はのんきにも思っていた。
「…来る」
「え?」
ぼそっとむつが呟くと、ばしゃっと池から水飛沫を上げて何かが出てきた。白いワンピースのような物を着た女だ。ワンピースの丈は長く、足元がすっぽりと隠れていて、それはそのまま池の中に繋がっているように見えた。
「…駿樹」
「あっ…」
夢の中で何度も自分を呼んでいた声が聞こえてくると、西原はぞっとした。元カノが夢に出てきていたのだと思っていたが、その声の主は元カノとは全く似ていない女だった。
「聞き覚え、あるんですね?」
「夢の中で俺を呼んでた声だ」
「誰か、身近な方の声ですか?」
「…元カノ」
西原が重々しく答えると、むつは素っ気なくそうですかと言っただけだった。




