2分の1成人式
「……チッ! 2年後かよ……折角頑張って迅速に優勝してやったと言うのに……」
相川は絶賛不機嫌だった。理由は優勝したら修羅の国と呼ばれるまた別の地域で傭兵として送り出してやると言われたのに、優勝しても特別派遣軍として2年後にしか送り出せないと言われたのだ。こっちは頑張って守ったのに向こうはやる気がないのかと落胆し、失望している。
尤も、仰天したのは高須の方だが。無理難題を言って誤魔化そうとしていたのをクリアされてしまい何とか理由を付けて行かせないようにしたかった彼の心中を察してあげたい。
しかし、その辺だけでは相川も不機嫌までには行かない。彼の不機嫌の理由は帰って来たらクロエと瑠璃が大喧嘩していて大怪我を負っていたことで何故か相川が教師に嫌味を言われたこと。
そして喧嘩を止めていた理由が誤って相川が育てる木を折ってしまい、速攻で喧嘩を止めてその場で正座して相川のことを待っていたということ……それも怒りの対象だが、最大要因は教師の説教の間に相川の方も拳を壊す大怪我をしていることに気付いて怒りながら木を折ったことを謝りながら号泣するやで昨晩はあまり眠れなかったことが彼の現在の不機嫌に繋がっている。
「……瑠璃さん、クロエさん。もういいっすかねぇ……?」
「何? 右手がいる?」
「左手も便利ですよー?」
そして現在、右手役に鎖骨を折った上、胸骨に皹が入った瑠璃が、左手役に肋骨を2本、それに全身に8か所の打撲痕と8針縫う傷があったクロエがなっていて相川は非常に動き辛いことになっていた。
見た感じでは両手に花だが、両手がイカレている相川を含め全員ズタボロだ。
そんな彼らを待ち受けている今日の学校のイベントが二分の一成人式。10歳になり、二十歳の半分まで来た彼らが将来の夢と目標を語る場である。このイベントに関しては全クラスの4年生だけが出て来て行う物であるため、クラス関係なく集まることになっていた。
「……はぁ……単位の為だから仕方ないか……」
両手の親指と手の平くらいしか無事じゃないのに授業出て意味あるのかねぇ……と思いながら相川は何故かテンションの高い二人を伴って学校に入るのだった。
そして、あっという間に授業は午後に入り相川たちは二分の一成人式のために移動教室を行うことになる。
(俺に将来なんてないんだけどな……)
非常に意味のないことをさせられているなぁと思いながら相川はポケーッとしながら去年、クロエが書いた原稿を家に帰って読み上げられたことを思い出した。
(将来の夢は俺の会社を乗っ取ることだっけ……? 何かそんな感じだったよな……目標は俺が居なくても大丈夫なようになりたいとかそんな感じだった気が……)
全然違う。
クロエの目標は相川と並び立てるような人になり、副社長になりたいというものだった。それを相川と同じくらいのスペックになって相川がいなくなっても不自由ない生活にしたいと曲解し、その思考に引き摺られたまま会社の裏の支配者になりたいなどと曲解してクロエをからかったのだが、そちらしか印象に残っていないらしく相川は本来の願いを忘れていた。
「……まぁどうでもいいか……」
教室の中に意識を戻すとまだ特Aクラスの発表の時間だった。現在の発表者は遊神流の門下生の一人である麻生田で父親を超えたいとか言っている。
相川はクラス全体を見渡し、Dクラスの生き残りは相川のみ。Cクラスに1人でBクラスに8人。Aクラスに10人で特Aクラスが13人となっているのを確認して授業と関係ないことを考え始めた。
(……目標というより会社の指標ならあるなぁ……無駄に頑張ってやったら1次産業にまで手を伸ばせとか言われて来たし……何かの特区に認定するかどうかの申請をやってるとか……面倒なんだよねぇ……そもそもウチは社会不適合者を人並みにできるように扱う人材派遣サービスをやってたはずなんだが……)
効率が悪いからと自分たちでサービスを広げていたらいつの間にかシンクタンクやコンサルタントまでやるようになって地場産業の育成などを相川の知識も入れてやっていき、外部から人が来るようになって経済が活性化して……となって今や何が本業か良く分からない有様だ。
(まぁ儲かってるからいいんだけど……っと、視線?)
どうやって行こうか考えていると視線を感じ、その主を見る。そこには発表者の後ろでこちらを見ている瑠璃の姿あり、相川と目が合うとにっこり笑って発表体勢に入った。
「……という訳で、大切な人を皆守るという夢のためには、まずはこの学校で一番強くなっていきたいと思います。4年特A組 遊神 奏楽。」
(……余波でBクラスの何人かがやられたな……)
相川と瑠璃の直線上にいる生徒たちの一部が顔を伏せる中で奏楽の発表が終わり、瑠璃の目標と夢が語られる。
「ボクの夢はお嫁さんになって、お婿さんと一緒に道場を盛り上げていくことです。その為の目標としてまずはお婿さんと一緒に動けるようにもっと強くなることと、お婿さんがよそ見しないように可愛くなっていきたいと思います……」
ちらりと相川の方を見る瑠璃。相川はこの前の結婚式に影響されてるんだろうなぁ……と思いながら適当に聞き流して帰ってからの予定に思いを馳せる。瑠璃はそれがお気に召さなかったらしく不機嫌になりながら朗読を終えた。
その後も続く大して面白くない授業。仲間内では盛り上がったりして教室がそれに釣られて明るくなったりもするが、相川は仲間外れなのでそんなものお構いなしに拳の治癒の為に氣を使ったり帰ってから何を食べようかなどと思考を飛ばしていた。
そんなことをしていると割と早く相川の番が訪れる。妙な意味で一部には有名な相川を見て顔を逸らしたりする生徒もいるが大半はこれで終われると既に筆記具を片付ける音がする中で相川の発表が始まる。
「将来の夢は……悔いなく、苦しみとか痛みも感じずに劇的に死ぬことです。その為の目標として私を別世界に飛ばした屑野郎に復讐を果たしてしっかり抹殺することが大事だと思います。それを殺り損なったまま死ぬということは多大な悔いが残ると思うからです。」
瑠璃の表情が険しくなっていた。相川は何故そんな顔をしてこちらを見るのだろうと思いながら顔を引き攣らせている教師に碌でもない文を読む。授業が終わると言う解放感が漂っていた教室に言いようのない緊張が立ち込め始めるが相川はマイペースに読んで行く。
「……ということで、現在は多大な寄り道をしていますが、私に損害を与えたモノに確実に仕返しをして地獄を味わわせてから死んでいきたいと思っています。 4年D組 相川 仁。」
相川の発表が終わると後味の悪い沈黙が場を占めた。そんな中に明朗な声が響く。
「先生。」
「ん、どうしたのかな?」
声を上げたのは瑠璃だった。教員はこの場の空気が何とかなるなら何でもいいとばかりに瑠璃の発言に飛びつく。それに対して瑠璃は相川の方を睨みつけながらきつい口調で断言する。
「ボクの目標に追加があります。馬鹿なことを言う人の変な夢を絶対に許さないことです! 手足を引き千切ってでも死なせません。」
「あ、あはは……そう……が、頑張ってね……?」
この場の空気をどうにかしようとして飛びついた救いの糸が何の意味も持たないモノだったことで教員が乾いた笑いを浮かべる中、相川は邪魔する気か……と軽く睨み返し、でもどうせその夢を叶える辺りの時にはこの世界にいないしどうでもいいかと割り切って授業終了までの教員のまとめを聞くのだった。