文句ある
「……さて、じゃあ言う通りに優勝してやりますか。」
結婚式の時の高須の言葉を思い出して相川はそう呟いて外出した。行き先はデスマッチの会場だ。いつものように白仮面を着け、そしていつもと異なり誰も伴わない移動となる。
闇に紛れて移動する相川。妙な勘をはたらかせて少し前に瑠璃が家を訪問してきたが言えば確実に止められるので黙っておいて泊まろうとするのをクロエと協力して部屋に帰らせた。そして脱走してこないようにとクロエを瑠璃の見張りに付けたことで相川のマークが完全に外れたのだ。
「まールーキーキラーは強かったけど……今回は技を盗むんじゃなくて相手を殺すために行くから何とかなるでしょ。」
ルーキーキラーを殺したことで相川のランキングが上がり、チャンピオン挑戦権が与えられるナンバーになっていた。そして今日は挑戦者として王者に挑むのだ。
「……最悪、魔力を使って戦った方が回復で逆に使い過ぎることも無くて良さそうだな……」
王者の戦いを分析して相川はそんなプランを立てながら移動するのだった。その頃、瑠璃とクロエは同室で喧嘩していた。
「ねぇ、何で邪魔するの? ボク、仁くんと一緒に寝たかったんだよ?」
「破廉恥です。男女……7歳にして席を同じゅうせず? です!」
覚えたての言葉を使おうとしてよく覚えてなかったため微妙な発言になるクロエに瑠璃は嫌そうな顔をして呟く。
「自分はいっつも一緒にいるくせに……」
「瑠璃さん、彼氏いるじゃないですか!」
「……彼氏。何それ?」
何それと訊かれたら返答に困る。クロエは色々考えて適切な説明を出そうとするが思い付かなかった。
「奏楽とかいう男子と、瑠璃さん仲いいでしょう? 結婚したいんでしょう?」
「! ダメだよ! 奏楽君と結婚したらボク仁くんと結婚できなくなるもん!」
「師匠をキープ役にしないでください!」
「キープ役……?」
「別の人と付き合っているのにその人と別れた時のこと考えて別の人と付き合う気もないのに仲良くすることです!」
こっちは説明できたのでクロエは若干得意げになりつつ瑠璃を睨む。子猫が威嚇している様な愛らしさが見受けられるが本人たちは至って真剣だ。
「皆と仲良くするのの何がダメなのさ? いいじゃん。ボクが誰と遊んでも……」
「誰と遊ぶのも結構ですが、師匠には私がいるので、邪魔しないでください。」
「邪魔してるのはそっちだよ! 今日だってボクが遊ぼうって言ったのに邪魔して……!」
「ですから……あなたは奏楽とかいう格好いいボーイフレンド、私は師匠。それでいいでしょう? 何で師匠まで取ろうとするんですか? 業突く張り!」
「ごーつくばり……」
相川が使っていた言葉を覚えていたクロエの微妙に古めかしい表現は瑠璃には意味が分からなかったが何となく前後の文からあまり好ましい表現ではないことは分かった。
「ボク奏楽君より仁くんが欲しい。」
「ダメです。」
「何で! ボクの方が先に仲良しだったんだよ!」
「でも、別のボーイフレンドがいたのでダメです。早い者勝ちです。」
「あぁもー! すっごくムカつく!」
「我儘ですね! 私だって苛立ちます!」
相川が闘技場に向かっている間、こちらでも大怪我はしないようにルールを定めてキャットファイトが繰り広げられることが確定していた。
瑠璃とクロエの戦闘が部屋の中では収まらず、野外戦にまで発展し始めた頃、相川はリングの上に立っていた。いよいよ試合が始まることになり、他のリングはいつもと違い照明が落とされて王者決定戦に注目が集まっている。
「レディースエンッ、ジェントルメン……そして愛すべきクソッタレども……今日はここで今月で引退を決めていた白仮面、【死喰らい】の引退試合が開かれる……相手は、チャンピオン。さぁ、ここで乗って来ないのは淑女でも紳士でも俺らでもねぇぞ! 祭りだ! 最っ高のイベントを盛り上げて行こうじゃねぇか!」
リング状の照明が眩いばかりの物になり、大歓声が上がる。そして相川がゆらりと動くと王者が入場して来た。会場のボルテージが上がり、実況にも熱が籠る。
「あの大怪我から【死喰らい】の名に相応しく今夜限りの黄泉返りを見せた白仮面を迎える絶対王者、【魔王】アルテマの入場だぁっ!」
クラッカーが鳴りテープや紙吹雪が舞い散る。その道をパフォーマンスしながら進み来るのは相川の身の丈の倍ほどもある大男だ。彼はその巨体からは想像がつかない程軽やかな動きでリングの上に飛び込んでくると咆哮を上げ、相川を威嚇する。その動作で会場が更に沸いた。
「さぁさぁさぁ! 括目せよ! 【魔王】の君臨だ! 今度こそ黄泉送りになるか白仮面! 試合開始まであと5秒、3,2,1……スタートだ!」
「【雷動・瞬身】!」
開始の瞬間、相川は動いた。落雷の如き音に反応して相手が驚いた隙に水月に突きを入れると相川は顔を顰める。
(硬いな……)
「おぉっと! 白仮面、珍しく先制攻撃を取ったようだ! 見えませんでした! しかし、流石はアルテマ! その筋肉の鎧の前には白仮面の攻撃など通じない!」
鍛えようのない場所を攻撃したはずが、それでも通じなかったことを受けて相川は考える暇もなく次の攻撃へと移る。
「諸手突き【円月】、【月夜返り】【闇紫雨】【掬い鞭】」
両手の突き、ムーンキック、乱打、足払い。それぞれを繰り出しながら相川は相手のことを冷静に分析して想定以上の硬さに内心で舌を巻いておく。
「凄い凄い凄い! 息もつかせぬ連撃だ! これには流石のチャンピオンも反撃の隙を見いだせないか!? さぁ、ベット終了まで残り僅かとなりました! これ以降は認められませんからお急ぎをぉっ!」
その声が聞こえた瞬間、受けに回っていた相手が様子を変えて攻勢に出る。あまり攻撃を受け続けるのは得策ではないと判断し、賭け金もそろそろ回収しきった頃だという見込みを付けての出来事だ。
その攻勢に相川は自然と笑みを作り……
「くっ! クロスカウンターだぁっ! これは見事に決まったぁっ! 王者、たまらず膝を折るぅっ! それでも白仮面は止まらない! さぁ、相手の死を喰らい、糧とするのか白仮面、それとも王者がここから王者の貫録を見せつけるか! ベット終了! この後は試合をお楽しみください!」
実況の通りの攻撃を行った相川はルールに抵触しないように相手を確実に破壊していく。足の指から始まり、踏ん張れなくなったところで関節技で脱臼させる。そこからは嬲り殺しの様なものだ。高過ぎる防御力が仇となって痛めつけられるような戦いになる。
「残虐ファイトでも類を見ない白仮面の容赦ない攻撃! まるでオオスズメバチがミツバチの群に包囲されて蒸し殺されて行くかのようだ! アルテマ、起死回生の攻撃……駄目だぁっ! 流石は死をも喰らう白仮面! 王者の攻撃も餌食として更なるダメージを与えた! 両腕が動かなくなったところで王者、蹴りを選ぶも転倒! あぁーっと、会場に響き渡るかのような嫌な音が聞こえたぁっ! 試合終了だぁっ! 勝ったのは引退を決定している白仮面!」
その後、相川は自分の身長よりも大きなベルトと勝利の賞状を王者の鋼の体との高速衝突により砕けた拳で貰い受け、血を付着させながらも写真を撮って高須に送りつけた。