入院
「あー……こうしてる間にも仕事が溜まっていってるんだろうなぁ……」
死闘を繰り広げた相川は病室で嘆いていた。それなりの料金を払って個室を取ったはずだったが、瑠璃に甘い人々の所為で首に包帯を巻いた瑠璃と同室の部屋に入れられて現在療養中だ。
「本気で死にかけたから身体が勝手にφモードに入って魔力も喰いやがったし……今回は失敗だったな。」
全治8か月の診断を下され、しばらくは面会謝絶の集中治療室に放り込まれるはずだった相川はそう言いつつ寝返りを打つ。
「つっ……まーだ微妙に痛む……もう1週間経ってるのに……」
溜息をつく相川。その異常な回復力は逆に検査を増やしてしまうほどで相川はこの1週間、恐ろしい程の検査を受け、そして多くの機材をその毒性によって破壊し、安心院に揉み消すための費用を払った。
お代として瑠璃の母である妙の治療費をなかったことにするくらいの費用をかけて相川は今ベッドで横になっている。そんなことをしていると隣にいた瑠璃がやって来た。
「……大丈夫じゃないよね……? そろそろ、ご飯の時間だけど……まだ点滴なの……?」
「いや、今日から固形食だ。これ以上何も食わなかったら病人どもの氣を喰ってしまいかねないしな。周囲の死期が早まる。」
「じゃあボクがあーんする! いいよね……?」
右腕が壊れ切っている上、左手も壊れてまだ治っていない相川は補助が必要だ。看護師がやるはずのその仕事だが、看護師の方も仕事がたくさんあるので任せることが出来るのであれば放置してさっさと去っていく。そのため瑠璃のやる気は実現することになるだろう。
その辺のことなどを色々考え、自分の感情的に嫌だということも踏まえた上で相川は雰囲気で察せとばかりに嫌な顔をしてやる。しかし、瑠璃は笑顔のまま言葉を待った。
「……瑠璃が、やりたいなら「うん! お願いします!」……じゃあ、いいです……」
「楽しみ!」
いつ得体の知れない毒物を入れられるか、自分のペースで食べたいなど色々なことを思うが流石にそこまで恩知らずではないので相川は黙っておく。
「瑠璃……何が目的なんだ……?」
「え? 何が?」
目的を窺い知ろうにも考えが読めない。ただ、悪意も敵意も害意もそこに存在していないから一応敵ではないのだろうが、相川からして見ればかなり不気味な存在だ。寧ろ金目的で近付かれた方が目的がはっきりしている分だけマシと言うことまである。
「それにしても……仁くん、ご飯食べれるくらい回復したならお喋りしてもいい……?」
「……別にいいけど?」
これまで理など入れずに喋っていたはずの瑠璃がいきなりそう言ってきたので微妙に警戒して相川が瑠璃に質問を促すと彼女は真面目な顔をして尋ねた。
「……仁くん……この怪我は、氣でもこんなに短時間じゃ治らないはずだよ……?」
「まぁ使ってるのは氣だけじゃないしそうだろうな。」
「……どうして、そんなことが出来るの? そんなことして、危なくはないの?」
「危ないな。もう少しで死んでたし。何で出来るのかと問われたら化物だからなぁ……」
やれることもないので相川は瑠璃に適当に説明してみた。
「俺、世界の敵である化物なんだよね。」
「ボクは敵じゃないけどね。」
「……その辺掘り下げたら多分水掛け論だから放置するけど。基本形が【αモード】とした場合、Ωに至るまでのモードがある訳。例えばβは肉体硬化、γはスピード特化みたいにね。それぞれ欠点もあるけど場合によっては使えるもので、今回は治癒能力に特化したφになった訳。これは使うと代わりに思考が浮くみたいな感じになるからあんまり好ましくないけどね。」
言っている意味が全く分からなかった。もう少し解り易く説明して? と小首をかしげて可愛らしくおねだりする瑠璃に相川は若干ぐらついたが食事がやって来たのでそれは後回しと言うことになる。
「はい、じゃあ口移しとスプーン、どっちがいい?」
「……お前口移しって言ったら「わーい!」待て! お前どうかしたのか!? 精神大丈夫か!?」
「どれくらいがいい? しっかり噛んで飲み込めるくらい?」
「だから待て! 皮肉通じないのかお前……! スプーンでお願いします。」
「えー……いいよ!」
相川は割と本気で瑠璃の精神状態が大丈夫か気になった。今回のお礼に後で無料で診察してあげようと思う程度には心配だ。
「……瑠璃さん?」
「……なんでさん付けたの? それで何?」
「いや、スプーン共用って……何か意識してる俺が馬鹿みたいじゃねぇか……」
「? 変なの。」
聞こえないくらいの声量になってもうどうにでもなれという感じの相川。さん付けで若干不機嫌になった瑠璃は熱さましに息を吹きかけながら相川に食事を摂らせる。相川が逃れようと周囲を見渡すと非常に所在なさ気に扉の近くに立っている存在が目に入った。
「……あー、邪魔、したな……」
「ロリコン先生!」
そこにいたのは巡回と言う名目で休憩に来た高須だった。彼は非常に気まずい顔をして病室に入って来ると面会客用の椅子に腰かけて相川に見舞い品を渡して口ごもる。
「えっと……お熱いことで……そういえば、ヤスも結婚するらしいぞ……?」
「『も』ってなんだ『も』って。……それはさておき、ヤっさん結婚すんの? 破局報道訊いてないからもしかして相手って……瑠璃、ちょっと空気読んで?」
「あーん。」
喋る隙を縫って相川に食事を与えてくる瑠璃に相川は微妙にペースを乱されつつも高須が首肯するのを待つ。そして割と驚いた。
「マジかよ。ヤっさんやるな!」
「結婚式の案内状は送ってあるらしいけど? 来てねぇのか?」
「ここ1週間入院してるしなぁ……でもそうか。結婚するのか……」
ヤス、相川が一時期通っていた蕎麦屋の息子であり、蕎麦より天ぷらの方が得意な男である。それと付き合っているのが元相川たちの通っていた幼稚園の保母である梵という女性で、彼女はかなりの美人であり付き合っていること自体が結構釣り合ってない感じがした物だ。
それが結婚ということで相川はご祝儀のことを考える。
「……俺、まだ小学生なんだけどご祝儀の相場ってどうなると思う?」
「え……払う気なのか……? 普通に御呼ばれする感じじゃ……」
「一応、3万か……?」
「ガキにんなこと要求するかよ! 寧ろ300円でもいいわ!」
払おうとする相川に軽く引きながら声を上げる高須。割とお金持ちの上、寮暮らしの相川はお金が溜まりまくっているので別に使うべき時が来たのならば使ってもいいのだが逆に気を遣わせることになりそうだと止めておく。
(特にあの地区は俺の所為で貧富の差が激しいからなぁ……ガキに負けたってなったら何か人間関係が一部壊れそうだしいっか……)
「そうそう、それで思い出したんだが仲人か立会人をお前にって話が出てたんだ。」
「……アホなの?」
「いや、お前あそこを企業街に変えた大会社の社長で社会的地位高いだろ? 新郎新婦の出会いの場を設けたのもお前らしいし、瑠璃ちゃんとの仲も……ご覧の通りだし……」
「いや、どう見てもダメだろ。常識を知れ。」
埒外の化物からの言葉に高須は苦笑する。
「まぁ、一瞬だけ大体の人が納得したけどすぐに姿を思い出して社会的におかしいってことになって普通に梵さんの通う幼稚園の園長先生が仲人になるらしいけど。」
「当たり前すぎて困る……」
嘆息する相川。今日だけで何度溜息をついただろう。そう言えばと相川が高須に質問しようとしたところで高須は時計を見て慌ただしく面会の時間だと病室を出て行った。
「はい、あーん。」
「……瑠璃……あぁもういいや……」
その後は為すがままにされた。