違和感
「おい相川テメェ! 瑠璃に変なこと吹きこみやがったな!」
「……はぁ……」
瑠璃さんへ保健体育の授業を行った翌々日。相川は遊神門派の連中にいちゃもんをつけられていた。
(……昨日はかなりの使い手の武術を文字通り喰らって今日は動きたくねーのに……)
昨日相川が捕まらなかった要因であるルール無用のデスマッチのことを思い出しつつ相川は忌々しげに相手のことを見つつ溜息をつく。
「ご、ごめんね仁くん……変なことに巻き込んじゃって……」
「本当、今は疲れてるからそっとしておいてほしいんだが……」
一応止めたらしい瑠璃が申し訳なさそうに相川の方に謝罪しながら一行を止めているが、相川の方は既に横になりたい気分でいっぱいであるのに立たされていることだけで疲労感が溜まる。
その様子をじっと無言で何かに耐え忍ぶかのようにして見ているのがクロエだ。何かあったら即座に飛び出せるようにしつつ、相川のことを気遣う目で見ている。
「どうしてお前はそうくだらないことばかりやるんだ?」
「……そういう君らは俺が及びもつかないような高尚なことをやってるんでしょうねぇ……」
社会的に見ればどう考えても相川の方が有意義なことをやっているのだが、そんな小難しいことなど知らないと子どもたちは怒っている。
「いいから来い! その性根を叩き直してやる!」
「嫌だ。帰る。」
「お前……!」
「疲れてるんだよ。怠いなぁ……」
非常に面倒臭そうに相川は遊神の陣営を見渡すが溜息をつくだけで何もしない。瑠璃はそんな相川に違和感を覚えた。
「自己管理も出来ないのか!」
「出来てないからさっさと帰らせてくれないかねぇ……」
「堕落し過ぎではないかね? 自分の都合を相手に押し付けるとは……」
「そっちこそテメェらの都合に俺をつき合わさせてるじゃねぇか……俺は帰りたいというのに……」
(おかしい……普通なら仁くん、こんなに話を聞かないでさっさと倒しちゃってるのに……)
瑠璃は今いるメンバーに付きまとわれた挙句、勝手な推論を立てて相川の所に向かわれて迷惑していたが、それならそれでと考えを改め、メンバーが迷惑をかけたことをだしにした後、相川の家に遊びに行くつもりだったのだ。しかし、相川は今非常に疲れている様子で元気がない。
(また失敗しちゃったみたい……帰らせないと……)
クロエもいつもであれば即座に介入して伸しているだろうが、相川のことを心配するが故に全体のことを疎かにしてしまっている。そんなクロエのことも訝しみながら瑠璃は間に割って入った。
「ボクの方からお願いしたんだからさ。もう帰ってよ!」
「でもな、瑠璃が知らないからってそれにつけこんで……」
「いいから!」
瑠璃に押されると旗色が悪くなり始める一行。ようやくクロエも我に返り、彼らを非難するがそれは相手の火に油を注ぐ行為だった。
「おい相川! 女に守られて恥ずかしくねーのかよ!」
「……うっぜぇ……恥ずかしいね。恥ずかしくて布団の中に籠って誰とも会いたくないくらいだ。帰っていいか?」
「卑怯者!」
「卑しい俺は布団の中で怯えるしかないから帰っていいか?」
「勝負しろ!」
「俺の負けで良いから帰っていいか?」
糠に釘、のれんに腕押し。相川は帰宅することを優先しておりにべもない。遊神一門は顔を真っ赤にして罵詈雑言を浴びせて来る。それに対してブチ切れたのが瑠璃とクロエだ。相川が面倒だから毒薬でも散布するかと学校全体を危険に晒す行為に移る前に動いた。
「【瞬動】【鼓動抜き】」
「【遊神流・心臓撃ち】」
クロエの一撃は相手を殺すつもりで放たれた一撃。胸骨を圧し折り、心臓に打撃を与えて不整脈にするレベルの攻撃だった。対する瑠璃の攻撃は戦闘不能にするだけの一撃だ。
「お、おい! やべぇぞ! 早く保健室に!」
「……チッ! Stirb……!」
技が決まりきらなかったので殺すに至らなかった相手にクロエは舌打ちして険しい顔で引き揚げて行く一行を見送る。それを咎めるようにこの場に残っていた瑠璃が呟いた。
「……やり過ぎは良くないよ、クロエちゃん……」
「やり過ぎ? どこがですか。あなたは今師匠がどんな「言わなくていい。」……むぅ!」
相川に制されて黙るクロエ。クロエは悲しげな表情で強く非難する眼を相川に向けるが彼は取り合わずにさっさと帰路に着く。残された二人は気不味い状態で佇むが、クロエの方から口を開いた。
「あの……相談があります。」
「え……? ボクに……? 仁くんいるのに……?」
「師匠のことについてです。」
クロエの持ち込んできた話を聞くために瑠璃はクロエを連れて自室へと移動して行った。
「……どーぞ。」
「どうも。」
やけに人目を集めながら移動した後、瑠璃は家の冷蔵庫に入っている勝手に補充される飲み物をクロエに出して席に着いた。しばらくの沈黙の後、クロエは重い口を開く。
「この近くで行われているデスマッチ……知ってますか?」
「え? うん。一応……危ないから参加しちゃダメって言われてるけど……ルールないんでしょ?」
賞金ありの賭けごとも込みで行われている闇格闘技であり、違法行為なので推奨されていないが殺神拳の管轄に在り下手に手出しが出来ず、秘密裏にされていることの名を告げられて瑠璃は首を傾げ、そして気付いた。
「まさか……」
「師匠は、それに参加してるんです……」
「何で!」
思わず立ち上がった瑠璃。しかし、大人しく席に着くとなるべく冷静になって尋ねた。
「お金に困ってる訳じゃないよね? 何でそんな危険なこと……」
「武術をもっと手に入れるため、と言ってました……」
「……じゃあ学園で色んな人のを……」
「師匠が欲しいのは見せるための技能じゃないから要らないって……それで、相手の技を見るために怪我をたくさん……」
昨日の光景を思い出して泣きそうになるクロエ。それに対し瑠璃は様々なことを想像し、何故止めないのかクロエに厳しい視線を向けた。
「泣いてるだけなの? 何で、止めないの?」
「止めました。何回も……! でも、師匠は私の話を聞いてくれません!」
瑠璃はその話を信じなかった。いや、止めはしたのだろうがという視線で見た後に尋ねる。
「……本気で止めたの? 嫌われるかもしれないからって、強く言わなかったとかじゃないよね?」
「そ、れは……」
「……そう、そうなんだ……ふざけないで!」
憤る瑠璃。しかし、それが単なる八つ当たりであることは分かっている。嫌われるのが怖くて強く意見を言えないのは本当は自分のことなのだ。痛いほど理解しているその感情を思わず目の前にいるクロエにぶつけてしまったが、すぐに怒りを押し込めて話を戻す。
「それで……仁くんは、どうなの? 怪我って言っても、色々あるでしょ……?」
「見てくれれば、分かります。」
怒りは収めきれずに表情も硬い瑠璃にクロエは泣き顔で告げた。
「次の相手はルーキーキラーのシングルナンバー、デスファイトのリングにおけるナンバー8です。最悪の場合を考えると……危なくて、怖くて……」
「そんなに危ないのに何で最初から止めないの……! 泣いてる暇なんてないよ!」
そうは言うものの、瑠璃には今一相川が負けるビジョンが見えないので怪我をされるのが嫌だということしか考えず、そこまでの危険はないだろうと判断しこの日の会談は終わりになる。
そして、試合当日が訪れるまでそう日は掛からなかった。