瑠璃さんのお悩み
「遊神さん……お願いです。僕と付き合ってください!」
「ごめんね。ボク、今そういうこと考えてる暇ないから……」
相川たちが通う小学校の校舎裏、今日も元気に6年生の先輩から告白されていた瑠璃は今日も例によって相手を振り、その場を去っていた。
「るーりちゃん。終わった?」
「うん……何かなぁ……」
クラスに戻るとそこではいつものメンバーが瑠璃のことを待っていた。その中心にいるのは茜音で、瑠璃が戻ってきたことに一番最初に気付いた相木が声をかけてから全員の目が瑠璃に移る。
「お姉ちゃん、今回の相手は!?」
「……あんまり言いふらしたくない……」
「まぁ知ってるんだけどね。生徒会のA組の先輩でしょ?」
知ってるなら訊く必要あった? という顔で瑠璃は茜音を見る。茜音は悪戯に成功したかのような笑顔で瑠璃のことを見返すがその可愛らしさに毒気を抜かれて瑠璃も溜息をつくに留まる。
「はぁ……ボク、今日は組手しないで帰るね……」
「む、そ、そっか……送ろうか?」
「いい……この学校の中に真正面からボクを襲える人って誰かいると思う……?」
瑠璃の言葉に送り役を買って出た奏楽が黙る。相川であれば大勢いると思うと返したところだが、奏楽たちの前での瑠璃は天才児、神童と呼ぶに相応しい人物であり、余人を寄せ付けない彼女の堂々たる意見に何も言うことが出来なかったのだ。
「じゃ、また明日……」
瑠璃はそう言い残してさっさと帰ってしまった。
「はぁ……何にも用がないよぉ……もっとお喋りしたいのに……」
自宅に戻って瑠璃はそう言って布団に倒れ込んだ。睡眠用にベッドがある部屋で休憩代わりに布団に飛び込むとスカートが翻って中身が見えるが誰かが見ているわけでもないので気にしない。
それより目下気になるのが相川のことだ。自分から絶交しておいてのうのうと何の用もなく話しかけるのは流石に図々しいかと思って向こうから話しかけて来てくれるのを待っているが、全然来ない。せめて何か用があればこちらからも話しに行けるのだが、授業が高レベルと低レベルで完全に分かれたので接点すらも殆どなくなってしまったのだ。
「あぁうぅ~っ!」
それでも瑠璃は相川のことは視線で追ってしまう。見ていると気付かれるのだが、最近はちょっとずつバレないように見るコツが分かって来て相川が嫌そうな顔で周囲を見ても目が合わなくなってきた。
そんなことはさておき、現在瑠璃が気に入らずに唸っているのは最近相川がDクラスにいる周囲の女子生徒と仲良くなっていることだった。
柔の拳を学ぼうとした相川は女子生徒たちの武術の観察を行い、その代わりに金銭をあげたり相談などに乗っているらしく東洋漢方や食事、シェイプアップなどの筋トレなどで人気を博し、瑠璃にとっては好ましくない状態になって来ている。
更に気に入らないのがクロエの存在だ。常に相川の近くにいて瑠璃が何かに気付いて話しかけようとするとそれよりも先に問題点を修正するように動いて話題を潰すのだ。一時期は仲良くなったが、瑠璃は心底クロエのことが苦手に戻ってしまっていた。
「ボクから動くべきなのは分かってるけど……邪魔しないで欲しいなぁ……」
瑠璃は生真面目で嘘が苦手だ。相川を誘い出そうとしても基本的に忙しいと言われ、それを超える用件なのかと問われると嘘が付けずに大した用じゃないと言ってしまう。瑠璃は溜息をついた。
「はぁ……ボクの頭がもっといいか、それかおバカだったらなぁ……」
頭が良ければ相川の手伝いが出来るし、頭が悪ければ悩みもせずに突撃、もしくは相談しに行くことができていただろう。しかし、瑠璃は聞いてもいないことを最初からできる程頭は良くないし、かといって説明を受けても理解できない頭の作りはしていなかった。
「……今日もちょっとだけ様子見に行こ……」
瑠璃は身を起こし、隠密用のボディスーツに着替えると再び家から出て行った。
「ふむ。今年の霊草の出来もいい感じだな……」
「……これがあって本当によかったです……」
少し前まで園芸に勤しんでいた相川とクロエは基本的に傷付いた体を隠しながら生活している相川への処方を行うために薬湯を生成する準備に入っていた。
(尤も、これがあるから師匠は少し無茶をしているとも考えれるから嫌いなんですが……!)
複雑な気持ちを抱きながら薬湯を淹れる相川を見るクロエ。その薬湯が乗っているテーブルには相川の共同研究用の資料があり、クロエは手近にあるそれを見た。
「……あ?」
不味そうに薬湯を飲んでいた相川だがクロエが手に取った資料を見ると簡単に説明を入れる。
「あぁ、それ……セルロースナノファイバーのコスト低減に向けての途中報告か……」
「何ですかそれ?」
「植物を機械とか薬品でナノレベルまでほぐして得られる軽くて丈夫な繊維だ。炭素繊維が市場で話題になってるからこっちはこれで行こうと思ってな……」
セルロースナノファイバー、CNFと略されるそれは重さは鋼鉄の5分の1、強度は5倍以上という物質であり、物質に混ぜると粘り気を出すという特性がある。
「まぁコスト低減に向けての途中経過は簡単に言えば大量生産すればコストは下がる。ただ、それに対応する需要がないから無駄になってしまう。その無駄をなくして全体のコストが綺麗に揃うように需要先の幅を広げることが今回の研究目的だな。」
「ほぇ~……」
クロエが何を言っているのかよく分からないと言う顔をしたので相川はこの話はこれまでにした。それにしてもと呟いて相川は周囲を見渡す。
「……最近、どうも変な視線を感じる気がするんだよな……自意識過剰だと思うんだが……」
「最近、師匠周囲の女の子たちに手を出し過ぎだからじゃないですか?」
微妙に不満だったことをこの際だからと言ってみるクロエ。もしくはもう一つの懸念であるルール無用のデスマッチの身バレかもしれないと相川を牽制した。
「ふむ……まぁどっちでもいいや。少なくとも敵意も害意も悪意もないし……あったら流石に分かるからな。放置で。」
「……いつか刺されたらどうするんですか?」
「だから、害意がないっての……お、黒猫君日向ぼっこしてたのか。」
クロエの真剣な忠告も無視して相川は屋根の上で毛繕いしていた黒猫を見上げ、声をかける。無人島で拾った子猫は小さなまま首を上げてにゃあと鳴くと首をおろし欠伸を前足で隠すようにしながら眠りに就いた。その様子を見て相川とクロエは話をする。
「……いいことなんだが、微妙に気になることあるよな。」
「はい……あの子、言葉分かってますよね?」
「まぁそんなことは当然としてだ。アレ、ノミつかないんだよねぇ……流石だなって。」
「……私、あの子に触らせてもらえないのでそんなこと知りません。」
身持ちの硬い黒猫君のことを見上げながらその日は特に何事もなく穏やかに過ごすことが出来た。