4年生
相川たちは全員無事に進級してクロエは5年生に、その他は4年生になった。また、瑠璃の妹であり呪いで生み出されたという点で相川と同類な茜音も2年生になっていた。
相川は同類ではあるが規模の違う茜音に近付くと勝手に相手が存在を保っていられないのでなるべく関わらないようにしていた。しかし、茜音が2年生になる頃には茜音自身が既にかなりの存在値を示し始めていた。これにより相川が近付いても何もしなければ茜音が死ぬことは既にない。特Aクラスには相当な暗いエネルギーを発する何かがあったのだろう。
そんな特Aクラスなどの編成は以前と変わらずクロエと相川がDクラスでそれ以外の遊神門派は特Aクラスとなっており、権正の特別レッスンが相川とクロエを待ち受けている以外には殆ど接点もなくなりつつあった。
そんなAクラスに対するDクラスの主たちは。
「……よし、今年はもう俺の悪評とか気にせずに行こうか……去年は噂を消そうとして無駄に燃え上がったからな。」
「……悪評と言うより、普通の評価な気もしますが……」
日本語のイントネーションなども完璧になったクロエの突っ込みを受けても相川は特に気にしない。そんな些末なことよりも高学年になったことで彼にはより大事な新しい趣味が出来たのだ。時計を見て相川は歪んだ笑みを浮かべた。
「おっと、そろそろデスマッチの時間だな……死にに行くか!」
「……全っ然、全くもって面白くない冗談だと何回言えばいいんですか?」
笑っている相川に対してクロエは憮然として非難する口調でそう応じる。その口調にはこの趣味を止めて欲しいと、冗談でもないという感情がありありと見られた。しかし、相川は気にしないどころか気付いてすらいないようで笑っている。
「なんだかんだ言って俺がボロボロになるのを見に来てるくせに。」
「ボロボロになるから見に行ってるんじゃないですか! どれだけ心配してると思って……」
「はいはい。」
「っぐ……!」
自分の意見を聞いてもらえずに歯噛みするが、あまりに自己主張が激しいと嫌われかねないと言いたいことを飲み込んで相川の趣味を更に嫌うクロエ。そんなクロエが毛嫌いしている相川の新しい趣味、それはルール無用のデスマッチだ。
素性が割れると面倒臭いことになるので相川は真っ白い仮面をつけて素性を隠し、参加者たちの多様な技を盗むために出場していた。そんな相手の技を盗むために始めた試合だったが、技をたくさん見るために試合を長引かせ、相手を調子づかせることで結果的に相川が重傷を負ったりしている様子がクロエはたまらなく嫌だった。
しかし、止める術を持たないクロエは相川に何事もないように祈りながら最悪の事態を避けるためだけに今日も彼に同行する。
「今日の敵は……骨法使いか。これまた廃れたと思ってたが珍しい……」
熱気渦巻く幾つかの試合会場が並立している競技場に足を踏み入れて相川はそう呟く。相川がこの試合に入って来た時点で参加できたスタート地点の未成年の部は既に出禁を喰らっているので通り過ぎ、無差別級のフェンス型プロレスリングへ歩を進める。そこでの戦いが今日の相川の試合だ。
「おっ! 白仮面の奴また来てやがんぞ。」
「あのガキも懲りねぇなぁ……ラッキーで勝ちぬけてるからって調子に乗ってると長生き出来ねぇぞ!」
関係者たちが通る道でも相川は揶揄される。その後ろにいるクロエは狐のお面を被っての移動だが、2人揃って歩いている姿はなりきりごっこ遊びをして迷い込んだようにしか見えない。
「お前らまた来たのか……今日の相手はクスリやってるイカレた兄ちゃんで手加減してくれるような相手じゃないんだぞ? 逃げた方が良かっただろうに……」
試合のセッティングをしていた側からもこのように言われる相川。それほどまでに前回の戦いは相川が追い詰められているように見えたのだ。しかし相川は平然と、この場所で子どもたちが戦うよくある理由を告げる。
「お金がないからね。」
その言葉にセッティングした男も嘆息せざるを得ない。
「小遣いが欲しけりゃまた別のやり方があるだろうに……まぁ止めやしないがね。ギリギリの到着だからすぐ準備室に入りな。いつもみてぇに薬は売ってるが金がないのに手を出すのは止めとけ。幸運だけは祈っておいてやるよ。死なないようにな。」
「はい、どーも。」
ドーピングや麻薬が売ってある道を通り抜け準備室に入る相川。それまで黙っていたクロエが責めるような視線で相川を見ながら呟く。
「お金ないなんて、嘘吐きです……!」
「全然ないとは言ってない。」
さらりと躱す相川にクロエは苛立たしげに語気を強めながら非難した。
「でも、命賭ける程じゃないでしょう! 師匠、いっぱいお金持ってるじゃないですか! 10ケタくらいありましたよ!」
「だから何だ? 何でお前に説教されなきゃならんのだ……ほっとけ。俺が死んだらあの家も手に入るし、遺産の一部が手に入っていいことづくめだぞ?」
「……そんなの嬉しくない……! 不吉なこと言わないでください……!」
クロエはこの話題をしている時の相川が大嫌いだった。この点だけを除けばクロエはこの世で一番この人のことが好きと言い切れるがこの点だけは受け入れられない。
しかし、クロエがどんなことを相川に対して思っていても時間は人の感情の入る余地などなく淡々と進む。相川の下へ試合開始を告げる会場案内者が現れるとセコンド役としてお飾りのクロエを連れ、相川は狂乱のリングへと上がって行くのだった。
「さぁ! 今日のリングにもまたちびっこが現れる! 元気いっぱいのやんちゃ坊主! ちびっこクラブから殴り込み! 白仮面の登場だ!」
「ガキは家に帰ってママのミルクでも飲んでやがれー!」
「ギャッハッハ!」
相川の登場と同時に様々なヤジが飛ばされる。品のない笑い声と粗野な男たちの声が怒声のようになって響くが、相川は動じない。しかし、相手はへらへら笑いながら相川を見下して笑う。
「おいおい、こんなちびっこを殺すのかよ……家に帰ってマザファッカーやってればよかったのによぉ……」
「生憎だが俺に親はいない。それと骨法使い……あんた使えなさそうだなぁ……俺の使う武術も無挙動作って技があるんだが……それより下と判断したら殺すわ。」
相手の見下し発言に対して相川が煽ると観客から口笛とはやし立てる声が大きくなる。大して面白くもない冗談をレフリーが言った後、何が面白いのか分からないが男たちが笑い、その直後に戦闘開始の合図もなしに目の前の男は相川に向けて飛び込んできた。
「おーっと! 試合開始宣言もなしにこれは汚い! 流石はクレイジートロン! 子ども相手にもそのスタイルは崩しません!」
「へへっ……まずは挨拶代わりだ!」
男は前傾姿勢から手をつくとそのままの勢いを殺さずに突撃し、逆立ちになって相川の頭部を狙う蹴りを繰り出してきた。相川はそれを冷めた目で見て軸になっている手を粉砕するかのような力で蹴り折る。
「うっぎゃぁあぁぁああぁあっ! てっテメェ……! よくもやってくれたな……!」
「……え、舐めてんの?」
「許せねぇ……ぶっ殺してやる!」
「クレイジートロン、刃物を手にしました! 子ども相手に何と大人げなく余裕のない行為! これには通常の反則行為を楽しむお客たちもブーイングです!」
相川は今回の敵は外れすぎて心底どうでもいいという視線を向けながら溜息をついた。
「立ち姿も半端。何そのお座成り程度にハウツー本を読みましたみたいな動き……」
「死ね! ヒャハハハハ!」
「……無挙動作ってのは、骨法のスライドするかのような動作ってのは、こうやるんだよ……」
刃物を振り乱しながら相川を追い詰めるように動く男に対して相川はモニターをちら見してから嫌そうに、静かに呟いた。
「【陰動】」
レフリーが持つマイクが相川の技名をキャッチし、モニターに乗せる。リングの上では男が無様に相川を見失ったところだった。そんな相手に相川は無言で首に手刀を落とし、頸骨を破壊する。
「死んだな……よっわ……」
「こ、これは……白仮面の勝利! 信じられません! ラッキーボーイ、実は強かった! まさに瞬殺で終わりました!」
結局、骨法使いとは名ばかりの刃物を振り回すだけの一般人程度の強さしかなかった相手に失望しながら相川は無傷でリングを降り、今日は怪我がなかったとクロエを心底安堵させながらデスマッチの関係者たちや観客の内興味を持った者などの尾行などを全て撒き、自宅へと帰るのだった。