進級試験
冬休みが終わり、相川たちが3学期に入っての初日、学校から高学年進級試験の案内が配られた。その受ける内容は各個人にのみ知らされるものだが大抵は自分のクラスと同じレベルの試験を受け、偶に自分より上の試験を受けることになると期待に胸が高鳴るが同時に落ちたらどうしようというプレッシャーがかかるという代物である。
そんな中で相川は当然という顔でDクラスの試験を受ける通知を貰ってにやにやしていた。周囲のクラスメイト達はいい結果が出たのだろうなという好奇心の目を向けるが相川の得体の知れなさに誰も質問するには至っておらず、遠巻きにして見ているだけだ。
(……よし、面倒なことは今日終わらせるか……早速洞窟に行こうかね……)
そう決めた相川は3限までしかない授業が終わるとさっさと試練の間へと向かい、試験を受けることにしたのだった。
「……さて、今からの時間は本来権正の野郎から呼び出しを受けていたわけで……試練の間には奴はいない。クロエが誤魔化してるからな!」
相川は試験監督が面倒だと嫌なので大体の教員たちのスケジュールを把握したうえで今日を選び。その時間割もほぼ完璧に把握した状態で試練の間へと進んで行く。
「……お? 坊主、お試しで入るんかい? 頑張れよ!」
「はいどうも。行ってきますね~」
試練の間に入る前に事務員の人からそんな声をかけられて相川は先へ入って行く。その瞬間、笑みをこぼした。
「……何だ、単なる迷路に獣どもかよ……第1関門は瞬殺だな……」
相川は試練の間に入ってすぐの匂いを感じてそう言うと天井を見る。どうやらこの壁は人工の物であり毎回移動しているようだ。
「……じゃ、壊すか……」
相川は何の衒いもなく壁をぶち壊して進み始めた。
「……中々固いが……まぁ壊せないわけじゃないしなぁ……武器使お。」
拳で壊せなくもないが連続して行うと少々痛むのでオロスアスマンダイトの結晶、しかもそのままの部分を持って破壊活動に勤しみ始める相川。安全靴にも仕込んであるので手が疲れたら脚という態で壁を破壊してどんどん進み、上に壁が移動できるような溝がない場所にまで行き当たった。
「……扉がないな。仕方ない。」
ということで横に進みながら再び破壊活動に勤しむ相川。どこからか止めなさい! という人の声のようなものが聞こえた気もするが、風の音だろう。何せ備品はどのように使っても良いという説明があったのだから教員が止めるような声を出すわけがない。
「おっあったあった……じゃ、第2試練……」
相川は第2階層に向けて出発した。
「……相川、お前か……上で何をやったんだ?」
「破壊活動に勤しんでました。備品を俺の道を通すために利用したという形ですね。」
「はぁ……まぁDクラスを救済するための試練みたいなものだから別に何をしても構わんが……時間さえかければ行ける物をお前は何してるんだ……」
「それで、ここでは何をすればいいんですか?」
まだ壁の予備はあるからいいが……と文句を言っている教員、馬場に相川は質問する。馬場は嫌そうな顔をして告げた。
「……学力テストだ。そこにある問題を解け……」
「はーい。」
相川は即座に問題に取り掛かる。最初の問題は軽くジャブ程度に偏微分方程式だ。しかし、簡単に行くかと思っていたら補助方程式の連立で解くタイプではなくパラメータdtを導入しなければ解けないパターンで死ねばいいのにと思いつつ相川がX偏積分を未知関数Uxと整理しながら求めていると教員から注意事項が告げられる。
「後、今回についても備品は何を使ってもいいが……」
「じゃ、先生を使いましょう。答えなんですか?」
即座に問題を解く手を止めて顔を上げた相川の言葉に馬場は舌打ちした。
「……気付くのが早いな……大体は俺の視線を洞察して備品の中に手掛かりがある物を探し、テキストを読みながら解くんだが……」
「Dクラスの救済処置のテストなのにこんなに難しい物出す訳ないと思いまして。」
「……もう既に最初の1問解いてるくせに何言ってんだこいつ……あぁもういい。さっさと行け。」
追い払われるようにして相川は次のステージへと向かう。その後ろ姿を見送りながら馬場は呟いた。
「……ありゃ今日中にクリアしかねないな本当に……最弱のクラスの最強か……外道魔王の再来かね……」
権正の意見をもう少し真面目に聞くべきだったかと思いつつ馬場は相川の個人データファイルに優と印を打ってから交代の時間までの暇な時間を過ごし始めた。
「お! 六戸先生じゃないですか! 奇遇ですね~!」
「……こんな場所で奇遇も何もないんですがね……来ましたか。ここは流石に試験ですのでクリアしてもらいますよ?」
「何すればいいんですか?」
試練、3の間。そこに居たのは相川が弱みを握る淫行教師六戸だった。しかし、彼は彼なりにルールを持っており、今回は脅すくらいでは易々と進ませてはくれないらしい。
「心・技・体……迷宮に惑わされない心と自らを律する頭脳としての技。そして最後は困難を撃ち抜く体! 私から一本取ることが最終試練の内容です!」
「わかりました!」
「来なさい!」
構える両者。瞬間、相川は地面を轟かすような震脚を入れ、六戸の意識が逸れた瞬間に氣を完全に消して震脚の勢いのまま飛び腹部に渾身の拳を入れた。
「がっ……はっ……!」
「【雷動・瞬影】……一本、ですよねぇ?」
六戸の後ろで三日月のように口の端を吊り上げ、ぞっとするほど冷たい氣を垂れ流しながら告げる相川に六戸は教員でありながら恐怖した。
「ご、合格……です……」
「それはよかった。私、この技しか先生に通用しそうな物を持ってませんからねぇ……」
嘘だ。しかし、六戸の精神はそれを信じた方が楽だった上、彼には彼なりの自負があったので簡単に負けを認められずにそれを信じた。
「中々、良い技でした……これからも頑張ってください。そうすれば昇格できるのは間違いないですよ。欲を言えばもっと突きの威力が欲しい所ですが……」
「そうですねぇ……その辺が課題なんですよね……」
力がないのは自覚しているが、今回の拳はDクラスの中での上の下レベル程度に抑えている。相川の余力はまだあったが、力を誇示して無駄に昇格したら寮を変えられてしまう。折角リフォームした上、霊草にまで育ち始めた薬草たちがいるのに引っ越しなど面倒臭いにも程がある。
「筋力がないのでこれからは技の方に舵を切ろうかと思ってるんですが……」
「まぁそれも一つの手だろうけど力は大事だよ。きちんと取り組むこと。」
「はーい。」
微妙に大人の意見を聞き入れない生意気な子どもという役を演じながら相川は進級試験をクリアして外へと出て行く。それを見送った後、六戸は忌々しげに舌打ちした。
「あのガキ……ペテン師だな……」
技についての嘘は信じた六戸だったが、筋力についての嘘はバレていた。しかし、六戸のルールには別に抵触しないので関わりを減らしたくて言わなかっただけだ。
「外道野郎の奴にそっくりだなありゃ……まさか隠し胤とか言わねぇよなぁ……」
過去、彼の同級生だった男のことを思い出しながら六戸は大きく息をつき、相川の評価に入った。
「あっ! 仁くんだ! おーい、試練どこだった? 一緒やる?」
「……あぁ、瑠璃か……試練ならたった今終わったところだ。」
試練の間を出てすぐ、相川は瑠璃と遭遇した。彼女は何やらテンションが高かったが相川と喋るや否やテンションを急下降させる。
「そ、そうなんだ……D、クラスの試験受けたの……?」
「そうだな。何か文句あるのか?」
「……文句は、ないけど……」
「それで何か用か?」
冷たい相川の態度に瑠璃は頬を膨らませてもういいと言って去って行った。それを見送った相川は今後のことについて考えながら傾き始めた太陽が照らす道を歩いて帰路についたのだった。