瑠璃さんの努力
「……ボク、もっと可愛くなろうと思うんだ。」
「……はぁ? 瑠璃ちゃんは既に可愛過ぎるくらい可愛いと思うけど……? これ以上可愛くなってどうするのさ……」
落し物の一件の翌日、瑠璃の決意表明を聞いた相木は気の抜けた返事を返し瑠璃の不評を買う。
「これじゃまだ足りないの! もっと強く振り向かせてみせる! 今だってボクのことなんか気にしないで別の女の子とイチャイチャしてるんだもん……!」
瑠璃の拗ねた表情と共に発されたセリフに相木はそっと奏楽の方を見る。奏楽は今3人くらいの女子生徒に囲まれていて相木は嘆息した。
因みに、瑠璃が振り向かせたいのは相川のことで別の女の子はクロエのことである。
それはさておき、相木は奏楽とは実は両想いなんだけどなと思いつつ瑠璃に協力してあわよくば自分でもできる可愛くなる方法を模索してみる。
「えーと……あ、方言とか可愛いらしいよ? グッて来るんだって。」
「……ドイツ語とか?」
「そ、それは大分凄く……何と言うか斬新な解釈だね……」
瑠璃の頭の中ではクロエに対抗するという点で別言語が浮かんできたが相木が言うのは当然のことながら別の意味だ。彼女が読んでいる雑誌の内、たまたまあった方言特集を瑠璃に見せながら教える。
「ほら、猛虎の国だったら『ウチ、ホンマ好っきゃねん……』みたいなのがあるんだって。」
「そうなの? それでそれ、何て言ってるの?」
「え、わ、私は本当に好きなんです……って……」
何故か公衆の面前で瑠璃に告白する羽目になった相木は顔をほんのり朱に染めてそう言った。瑠璃は適当に頷きつつざっと目を通した。
「……修羅の国の方言が一番人気なの?」
「みたいだね。」
「……じゃあ覚えて来る。」
翌日から瑠璃は単身で修羅の国に乗り込んで行った。
「………………………………ふぅ。終わった。」
「出来ましたか師匠!」
「成功だ。オロスアスマンダイト配合のワイヤーブレードが完成した……半年かかったよ。上級生進級試験に入る前で良かったわ。」
相川が扉のある無人島で採取したオロスアスマンダイトの分析と配合に成功したのはもう冬休みに入っている頃だった。相川の会社との合同研究による成果を一足先に自らの手で加工したそれを軽く扱い、鋼鉄の棒を輪切りにしてみせると相川は得意げに笑う。
「ふふん。我ながらこれは凄い。しかもこれで金属じゃないというね……」
「終わったならパーティしましょう! 二人で!」
「そこにボクをかたらせてくれん!?」
「……ん?」
久し振りにじっくり構ってもらおうとしていたクロエに冷や水が浴びせられるように乱入者が現れる。そこにいたのは日焼けした瑠璃さんだった。
「かたらせる……? 何か喋るのか?」
「参加させてってこととよ~? 久し振りやね! 元気にしとった?」
「……何か妙に元気だなお前……もう冬なのに何で日焼けしてんの……?」
「修羅の国に行っとった! あ、お土産もあるけんね!」
「……まぁいいんだけど……来たなら仕方ないから食べに行くのは止めて何か家で作るか……」
「……師匠は良いデス。私が作ります……」
空気読めよてめぇみたいな顔でクロエは瑠璃のことを睨むが瑠璃はそれを受け流して相川の隣に腰かけると肩をすり寄せる。
「ん~いい匂いやね~……」
「……何なの? 何か鬱陶しいんだけど……」
「え? 男の人って方言好きじゃないとー?」
「……人によるだろ。つーか瑠璃のはわざとらしくて変。」
相川の指摘に瑠璃は露骨に顔を顰めて唸った。それでも可愛い辺りこいつは得してるな……というより方言が好きとかより大抵の男は顔が可愛けりゃ何でもいいと思うけどな……と思っていると瑠璃は口調を普通に戻した。
「……う~……だって難しいんだもん……それに町中が凄いし……方言覚えてる暇なかったの……」
「どんな感じ?」
「会釈代わりに銃撃戦やってて、時々挨拶みたいにロケットランチャーとか手榴弾が飛び交うの。ボク、ホテルに泊まってたんだけど……ロビーに強盗が入ったんだ。それでね? ハンドガンだったから失笑されてたの。その後その人は自動小銃の的になって死んじゃった。」
「……それ、ここの国の話だよな?」
「うん。それでボク、強くなったよ? 方言はあんまりだったからあんまり可愛くはなれなかったみたいだけど……」
十分可愛いだろ嫌味か? という視線が野菜をざく切りにしていたクロエから無言で注がれる。そんなことなど気にしない瑠璃は相川が輪切りにした鋼鉄を見て思い出したかのように手を叩いて相川にアピールする。
「見てて見てて! はっ!」
瑠璃が手を妙な形で握り、指先を放つと鋼鉄から甲高い音が聞こえて鋼鉄は吹き飛んで凹んだ。瑠璃は微妙に不満顔になって相川の方を向く。
「指弾……だったんだけど……ホントは穴開けたかったの……」
「いやいや……えぇ……何なの……?」
この鋼鉄は鉄塊ではなく鋼鉄だ。相川がオロスアスマンダイトのブレードを作ったから折角だし硬い物をと結構高いモノを持って来ていたのにもかかわらず、目の前の不機嫌美少女は触れることもなく凹ませて失敗呼ばわりまでした。
「……天才め……」
クロエは忌々しそうにそう呟き、炒め物を開始する。瑠璃のだけ微妙に味付けを濃くしてやろうかと考えた辺り、微妙に相川に毒されているようだ。
「……あ、他にも色々出来るようになったよ? 特に銃火器に対する戦い方をね……あっ! あといろいろ研究したんだよ!」
そう言って瑠璃は相川にすり寄ってセルフ頭なでなでを敢行する。別に短時間頭を撫でるくらいならしてもいいので相川の方から撫でてやると瑠璃はもうべったり相川に取りついた。
「ふ~……ボク、頑張った……おやすみー」
「寝るな。せめてクロエの作った食事とってからにしてくれ。」
「終わったら寝るね~? あ、クロエちゃんはボクのお部屋使って。」
「……はぁ? 何で私がどこか行かないといけないんですか? あなたが地球から出て行ってください。」
「仁くん連れて行っていい? じゃないと死んじゃう。」
「ダメです。」
「……何で俺も巻き添えにしようとしてんだこいつ……まぁ確かにやろうと思えば宇宙空間でも生きていけないことはないから正しいと言えば正しいんだが……」
瑠璃とクロエの言い争いに釈然としない気分を抱きながら相川は溜息をつきつつ背中にくっついて楽しそうな瑠璃を横に座り直させ、自分は反対方向に横になる。
「あれ? ボク、膝枕するよ?」
「いい……疲れてるから動きたくない……」
「じゃーボクがそっち行く。」
「動きたくないと言ってるんだが……」
ずだんという包丁の音が聞こえたがその程度では慌てない二人は膝枕の体勢に入り相川は憮然と。瑠璃は初めてやったという奇妙な感慨を抱きながら相川を見下ろした。
「……すっごい貴重な猫さんを抱っこしてる気分……」
「……珍獣扱いかよ……」
「私が料理してるのにイチャイチャしないで欲しいですね……師匠はともかくscheiß fotzeめ……」
「クロエ、可愛い顔して下品なこと言わない。」
全く以て説得力も威厳もない恰好でクロエを窘めながら相川は冬休み明けの予定、特に進級試験について思いを馳せていた。