落し物
「んー……どこ行ったかな……」
「あれ? 師匠、仕事終わりましたか? そうなら指導お願いしますよ?」
「いや、オロスアスマンダイトの分析とワイヤーブレードの応用についての研究がまだあるから暇じゃないんだが……」
「そうですか……じゃあ何してるのでしょうか?」
そろそろ涼しくなり始めたある日の午後、相川は家の中をうろうろしておりそれを見たクロエが少しだけ声を弾ませて指導を望むが相川は断り、なおも下を見てうろうろしている。
「いや、携帯を落としたらしい……それか置いて来たか。ちょっと使おうとしてないから困ってる。」
「大問題じゃないですか?」
「まぁ落としたのは私用の携帯だし、ロックかかってるから大丈夫だが……」
相川は仕事・脅迫用の黒い携帯を見せながらそう言うと顔を上げた。
「やっぱり家の中じゃないな。まぁこっちの携帯で電話かけても鳴らないあたりそうだろうとは思ってたが……ちょっと外に探しに行ってくる。」
「おぅ、私も探すの手伝いますよ! どこ行きました?」
「いや、別にいいよ。ちょっと落し物として届いてないか探しに行ってくる。」
そう言って相川はさっさと出る準備をして出て行ってしまった。それを見送ったクロエは少しムッとしてから自らも出かける準備をする。
「ふーん。どうせ師匠は今日ずっと私と居ましたからね。どこ行ったかは知ってますよ~」
誰も聞いていないのだがクロエはそう言って準備を終えると罠を避けながら家を出てしっかり戸締りをしてから走り出した。
その頃、校舎では瑠璃が告白されて拒否し、アンニュイな気分で自分の席に座っていた。
「はぁ……用がなくちゃ遊びに行けないって何でだよぉ……ボク、もっとお喋りしたいし、組手だって権正先生の特別指導の時くらいしかしてないからもっとしたいのに……」
因みに、権正の特別指導は3日に一度ある。相川は2日に一度の予定だったのを何とか減らし、今でも非常に嫌そうに受けている。瑠璃は減ってしまいがっかりした。
「う~……あ、今告白されたからちょっと相談に乗ってもらうみたいな感じなら遊びに行っていいかな……? いいよね? 電話しよ。」
話したこともないのにずっと見てました好きですと言われても瑠璃は困るだけだし、別に悩むこともないのだが喋る口実にはなるだろうと電話してみることにした。
1コール、2コールと鳴る中で何故か妙に緊張する瑠璃。12コールほど待ってようやくつながった時、瑠璃の顔は変に歪んだ。
『もしもし? 遊神さん?』
「……そうだけど……誰?」
『いやぁ……Bクラスの下野 剛志だけど……この携帯電話の持ち主に何の用かな?』
下野 剛志。知らない名前だ。瑠璃は警戒しながら電話を続ける。
「……ちょっと、相談があって……」
『特Aクラスの遊神さんが? Dクラスの相川に?』
どこか小馬鹿にした様子の下野に瑠璃は若干苛立った。それはそれとして瑠璃は何故この男が相川の携帯を持っているのかが気になる。
「何でその携帯をあなたが持ってるの?」
『Dクラスの携帯をBクラスが奪って何が悪いんだい? この学校のルールは知ってるだろ? ……そんなことより遊神さん。君の相談について僕の方で当てさせてもらっていいかな?』
「……何をさ。」
『それが、異性関係によるものだってことだよ。』
「……何で分かったのさ?」
不機嫌な瑠璃は会話したい相手ではない相手が出てずっと小馬鹿にされた態度で応対され更にストレスが溜まる。しかし、次の言葉で沸点まで一気に加速した。
『俺の下でボコボコにされた奴から聞いたんでね……広められたくなかったら、旧道場Cまで一人で来てくれるかな?』
「……首洗って待ってて。」
瑠璃はいつもの柔らかく甘い声を怜悧に一転させて通話を終了した。そして速攻で教室を出るとクロエと鉢合わせする。そこで一応先に確認しておいた。
「クロエちゃん、仁くん家にいる?」
「家、いないです。探してます。」
「……やっぱり……さっき電話したんだけど、知らない人が出たの。多分そこにいる……」
クロエの「(もう)家にいない。(携帯を)探しに出かけた」という趣旨の言葉は言葉足らずで瑠璃の脳内で「帰ったけど家にいない。だから(クロエが相川を)探している」という物に変換され、瑠璃を焦らせた。
更に、クロエは瑠璃の言葉を「さっき電話したら知らない人が出た。多分その人が盗んで持っている」くらいに頭の中で解釈して返す。
「大変です! すぐ行きましょう!」
「待って、旧道場Cに一人で来いって言われてるの。ボク今から飛んで行く!」
「おぅ……」
クロエでは追い付けないスピードで瑠璃は即行でその場所へと向かった。追いつけないクロエは瑠璃が相川の下に持って行って喜ばれるよりも自分が褒められたいので相川の仕事用の携帯に電話した。
瑠璃は走っていた。相川の下へと走り、すぐに旧道場C前へと着き、そこで大きく息をつく。
(……助けないと。これまでボクばっかり助けてもらってきたんだ……絶対助けないと!)
自分に強く喝を入れ、あわよくば今よりもっと仲良くなって用がなくても遊べる関係に……と下心も抱きながら瑠璃が扉を開く。
「ぅあっ!」
その瞬間、瑠璃の体を電流が襲った。それでもふらつくに留まって目の前から来ている何かに対応しようとする瑠璃だったが残念ながら初撃は避けられたものの腹部に強烈な一撃を貰い宙を舞う。
「ぁぐ……ぅっ……ぃ、痛い……」
「おいおい……あれでまだ気絶してねーのかよ……マジ化物だな……流石遊神の血を引く女……」
瑠璃に攻撃したのは呼び出し主、下野だ。彼は完全に勝者の笑みを浮かべながら瑠璃に悠然と近付き、しゃがむとその艶やかな髪を掴むと顔を上げさせた。
「でもまぁ、所詮こんなもんだぁっ!」
瑠璃の柔らかな頬を掴んで顔を近付けようとした下野だったが、突如背後から蹴りを喰らい前のめりに倒れる。その際に瑠璃の頬に口付けをしてしまった。それはともかく、蹴りをした主はお怒りのようでもう一度蹴りを入れて吹き飛ばした後、ストンピングを入れ、頭を一度踏み躙った後に蹴りを入れて仰向けにすると左足で額を踏みつけつつ質問する。
「おい、テメェか? 俺から携帯盗んだ奴は……返せや禿。」
「ひ、仁くん……? 無事だったの……?」
「……? 無事だった? まぁそりゃな……そんなことはどうでもいい。お前俺の携帯何処にやった? 壊したとか言ったらお前も壊す。」
「て、テメェ……不意打ちが決まったからって勝ちおぁっ!」
反抗的だったので相川は左脚を一瞬だけ地面に下ろし、軸足にして右足で下野の股間のすぐ近くをストンピングしてすぐに戻し、再び右足を地面に置いてから左足で頭を踏み躙った。
「ぁぐっ……て、てめ……」
「おー直撃したら痛そうだなぁ……さっさと吐かないと治療が遅れて玉無しになんぞ。さっさと言え。」
「ど、道場の棚の上だ! 糞がぁっ!」
「どうも。普通に届けてくれりゃ金一封くらい出したのによぉ……」
最後におまけで蹴りを入れた後、相川は道場へと入って行く。瑠璃はよろめきながらそれについて行った。
「ね、ねぇ……ぼこぼこって……」
「あん? そう言えばお前こんな所で何してんの? 逢引き? ……あ、あった。」
「ちが、ボク……仁くんが……あれ?」
「危ないな……」
電撃の名残でふらつく瑠璃を一瞬で距離を詰めて支える相川。瑠璃の頬が熱くなり、それで下野の口が触れたことを思い出してすぐに嫌悪感を覚え、袖で拭った。
「……あ、瑠璃から着信が……何か用だったのか?」
「んー……ボク、ちょっとふらつくから仁くんのお家に連れて行って? そこで話すから……」
あんまり暇じゃないんだけどなと思いつつ相川は時間短縮のために瑠璃をお姫様抱っこして最初の踏切とばかりに下野を踏んでからその一歩先で飛び始める。お姫様抱っこされている間、瑠璃はずっと幸せそうな顔をしていたそうだ。