少しだけ仲直り
「……んぅ……ぁ……ぉはよぉ……」
「起きたか……じゃあ放してくれるかな?」
「えへ~……もうちょっと……」
翌朝。相川は精神を瑠璃の中に潜り込ませていた間に瑠璃に見事に寝技のように絡みつかれておりその日はそのまま眠ることにしたがぐっすり眠れるわけもなく早起きし、ずっと動けないまま目だけ閉じている状態だった。
「あったかぁい…………」
「暑い……俺は寒い方が好きなんだよ……」
タダで治療したのに嫌がらせのような行為を受けている相川はイライラしてきたが、敵意も害意もなく感触や匂いはこの上なく素晴らしい物なので強く怒りは出来ない。大体、眠いのでやる気もないのだ。
「4時だぞ。お前は稽古するんだろ?」
「せっかくいっしょだから……ねる……」
幸せそうに相川の顔を自らの顔に引き寄せる瑠璃。相川はどうせ二度寝してもさっさと起きて稽古しに行くだろうと踏まえて二度寝すればいいかと諦めて為すがままにしておいた。
「……にしてもだよ。単純な筋力じゃ瑠璃に勝てないってどういうことだろう……いや、技もしっかり決まってるんだが……どうしてこんな柔らかくて細い腕にそんな力が……」
瑠璃さんは相川のことを離すつもりもなさそうで気持ち良さそうにしている。寝るとは言ったが実際はもう寝るつもりもなさそうで目を瞑って顔の位置を入れ替えて遊んでいるだけのようだ。そんなことをしばらくしている内に相川は家の外に気配を感じて瑠璃に告げる。
「外に何か来てる。迎えじゃないか?」
「……違う。クロエちゃん……」
「……まだ学校には早い時間だが……」
そうは言うもののそろそろ瑠璃に起きてもらって相川は二度寝を決め込みたい時間だ。相川が瑠璃に開放するように言うと瑠璃は目を開いて愛くるしいその瞳を相川に向けて柔らかな声で告げた。
「おはよーのちゅうは?」
「……どうやらそろそろキレていいらしいな……」
「わっ、ご、ごめんなさい。調子のりました……」
瑠璃を退かすことに成功した相川は手を払って彼女を追い払い二度寝に入ることと朝食はご飯が炊いてあるのとソーセージが冷蔵庫に入っているから茹でて温めて食べるといいと告げると瑠璃を部屋から追い出した。
「もー……何でそこでいーよって言ってくれないのぉ……」
ムッとしたまま部屋の外に出る瑠璃。そしてトイレに行った後、顔を洗いリビングへと出た。
「……朝ご飯の前にやることあるね……」
そのままキッチンに向かいかけた瑠璃だがその前にやるべきことを考えて廊下を進み玄関へと向かう。覗き窓の先にはクロエがいるが、彼女は気配を押し殺して誰かが出て来るのを待っていた。瑠璃は少しの間観察した後、可愛く欠伸をして扉を開ける。
「……おはよーいい朝だねぇ?」
「おはようございます。治療終わりましたか? 私、もう戻っていいですか?」
挨拶もそこそこにクロエは単刀直入に瑠璃に対してそう尋ねる。それに対して瑠璃は小首をかしげて可愛らしくおねだりをした。
「ボク、ここに住むから君ボクのお家に住んでほしいな?」
「嫌です。トレーニング困るので。」
「……あっちの方がいっぱいあるでしょ?」
瑠璃の言葉にクロエは白々しいと思いながらも一度は頷いて口を開いた。しかし、その言葉に続くのはデメリットだ。
「器具はあっちが多いですが、指導してくれる人いないです。」
「権正先生のメニューしたら?」
「……メニューしても、師匠が褒めてくれないと調子が出ません。やった感じならないです。昨日は誰も見てないのに何回も振り向いてトレーニングしたのです。」
昨日の晩、クロエは最新の器具や様々な器具を使ってトレーニングした。初めて使った物でも上手く行くことがあるとクロエは出来た! と相川の言葉を待ったが当然ながらそこには誰もいない。何度もそれを繰り返すうちにクロエは虚しくなってきてさっさと寝てしまい、今日は朝早くから戻って来たのだ。
しかし、そこで生活をしていた瑠璃からすればそんなもの贅沢極まりない。彼女など出来て当然という環境で育っており、母親である妙が死んでからは本当にごくわずかな回数しか褒められていないのだ。
「……ボクだって、誰も褒めてくれないよ……! 少しくらい交換してよ!」
「嫌です。あなたは返してくれないと思いますから。」
「…………ぅぐ……」
人形のように整ったクロエのすまし顔でド正論を返されて瑠璃は言葉に詰まる。
「じゃ、じゃあせめて何か良く分かんないけどボク、びょーきみたいだからそれが治るまでさ……」
「ししょーならもう治していてもおかしくないので来ました。ししょーのところ行くのでどいてくださいね。」
「仁くんは二度寝中です! 誰も部屋に入れません!」
「…………ならリビングで待ちます。」
クロエが一歩進むと瑠璃は扉を閉めに掛かった。それをクロエは目を細めて睨む。二度寝だから侵入不可には誰も突っ込まない。
「何の真似ですか? そこは私の家です。」
「うぅ~……ズルい。ボクの方が仁くんを先に取ってたのに……」
「手放したのはあなたです。ざまぁみろです。」
勝ち誇った笑みを浮かべるクロエ。瑠璃はイラッと来たので扉を閉めた。
「朝ご飯にしよーっと。」
「ししょーはまだ朝ご飯作ってないですか。では、私の出番です。」
「! 何で入って来てるの!?」
瑠璃が玄関から廊下に行った時点でクロエが部屋の中に入って来た。その行為に瑠璃が憤慨するとクロエは鈴のストラップがついた鍵を見せびらかして端的に答える。
「私の家です。鍵持ってるに決まってます。」
「何で! ボクにもちょーだいよ!」
「あなたの家違います。あげないにきまってますよ。アホですか?」
「……なら奪う。この学校のルールだもんね。文句言わないでよ!」
重心を低くして瞬間的に襲い掛かろうとした瑠璃にクロエは手を翳して不敵な笑みを浮かべて告げる。
「ししょーの睡眠、邪魔する気ですか?」
「うっ……」
「怒られますよー? 嫌われますよー?」
「うぅ……」
「バカですねーもう少し考えて行動しましょー」
冷笑を浴びせられ、肩を竦められるくらい馬鹿にされた瑠璃は肩を怒らせながら朝食の為にキッチンに移動する。八つ当たりしたい気分だがそんなことをしたら怒られるので静かな移動だ。
「……朝ご飯前のお薬ないですか? ししょーのご飯作りますが、ついでにあなたのも作ります。ししょーの治療が終わってないなら医食同源で何か言われてるはずです。」
「え……何もないよ……?」
「……なら治療終ってるですね。ご飯食べたら帰って下さい。」
「そんなこと何で判断できるの!?」
「私、師匠に漢方教えてもらってますから。」
瑠璃の言葉にドヤ顔で返したクロエ。瑠璃は本日何度目かの悔しそうな顔をしてクロエのことを見上げる。勝ち誇ったクロエはさっさと料理の準備に移って瑠璃をキッチンから追い出した。
「……あ、ソーセージ温めて食べたら? って言われてた。」
「……そういうの、先に言って欲しいですね。ししょーの手作りの方ですか? それとも何も言われてないですか?」
「何も言われてないけど手作りのとかあるの?」
「あります。ハーブが入ってて美味しいんです。そして精神が安らぐのです。」
瑠璃はそれを食べてみたいとクロエに言って朝食代を払わされた。皮を剥ぐのが面倒だったが溢れる肉汁に対してハーブの爽やかさが口の中で調和する金銭以上の価値のある凄まじく美味しいモノでそれを調理してくれたクロエに瑠璃は美味しい物をくれる人という評価を下すことで少しだけ優しくなり、優越感を抱いたクロエも少し優しくなって二人は少しだが仲良くなった。