精神安定
「……さて、寝付いたことだし仕事もそれなりに進んだことだし……瑠璃の中に入るかね……」
仕事が一段落したところで相川は瑠璃の上に覆い被さり、息を整えると瑠璃の顔をしっかり見てから額にマーキングを行うとゆっくりと瑠璃の中に指先を入れ、動かし始める。
「んっ……ぅん……ぁっ……」
「今起きたら台無しだな……」
瑠璃の体が拒否反応を示さないようにほぐし、相川のモノが通りやすいように慣らしていく。それが済むと相川は入れていた指を抜いて全体を規則的に動かし始めた。眠っている瑠璃も息を荒げて時折声を漏らす。
「あっ、ぅっ……んぅ……ひゃんっ……」
「もうちょっとでイケるな。」
「ゃあっ! はっ、はぁ、んぅっ!」
「やっぱり感じやすいんだろうなぁ……」
汗で瑠璃の前髪が額に張り付いている。その様子を見ながら相川はキーボードのようなもので魔式構文を打ち込むために規則的に動かしていた指の動きを止め、先程まで指先が入っていた瑠璃の額と全く同じ箇所にぼんやりと光る刻印が浮かんできたのを確認する。
「あー……思いの他魔力使った。普通精神に入るくらいで殆ど魔力使わないだろうによぉ……まぁ瑠璃の精神が感受性強いから本来の防御網に対してプロテクトが甘かっただけかもしれないが……」
グダグダ言っていても魔力は戻って来ないし、起きられたら今やって来たことが無駄になる。相川は刻印に自らの額を当てると最後の仕上げを済ませ、薄れゆく意識の中で何とか隣に転がりこんで瑠璃の精神の中に自らの精神も飛び込ませた。
相川が覗きこんだ場面は家から瑠璃が追い出されるところだった。
「出て行け。お前のことなんか知らん。」
「師匠~もう放っておいて遊ぼうよ~」
「待って! 置いてかないで!」
一軒家の玄関で瑠璃を放り投げたのは相川だ。微妙に大きい。そしてその奥ではクロエが流暢な日本語で相川と楽しげにしている。追い出された挙句、締め出された瑠璃は何度もドアを叩いて入れて欲しいと泣き叫ぶが中から返事は返って来ない。
「お願い! ボクいい子になるから! 頑張るから! 見捨てないでよぉ!」
(……勝手に悪役にされてるんだけど……)
相川がそう思いながら半眼で見ていると失意の瑠璃は家の前で蹲る。そこに現れたのが奏楽たち遊神一門だ。彼らは心配そうに瑠璃の周りを囲むがそれ以上は何もしない。
「ふむ……家庭環境が微妙に悪いんだな。」
環になって瑠璃を囲んでいる同年代の遊神門派の奥では遊神一、瑠璃の父親が瑠璃の妹であり呪いの申し子である茜音と楽しげに遊んでおり瑠璃に気付くことはない。
そんな中で不意に奏楽が瑠璃に近付きその髪を取ると匂いを嗅ぎ始めた。
「ヤっ! 何するの!? 止めてよ!」
瑠璃は抵抗するが奏楽は無言だ。それに続いて麻生田が瑠璃に近付くと瑠璃の服がワンピースに変わりスカートをめくろうとしてくる。瑠璃はそちらにも抵抗した。
「……あいつも大変なんだなぁ……」
それらを見ている相川は呑気なものだ。そうしていると毛利がほっぺたを、相木が少しだけ膨らみ始めた瑠璃の胸を、谷和原が瑠璃の脚を掴もうと近寄ってきて瑠璃が先程よりも大きな声を上げて抵抗する。
そこで家の扉が開いた。
「はぁ……仕方ない……」
再び出て来たのは相川だ。彼が目から光線を出すと瑠璃に群がっていた面々は驚いて逃げて行く。瑠璃は這う這うの体で相川の方に近付いて行くと相川は仏頂面で瑠璃を助け起こし、家へと招き入れた。
「家に居ていいよ。ただし、あいつらがいなくなるまでの間、だからな? 来なくなったらさっさと出て行け。」
「…………うん……でも、ボク……」
「瑠璃、我儘言ったら駄目よ?」
そこに何故か妙が現れて瑠璃の言論を封じる。瑠璃は納得いっていないようだが仕方なく黙って相川の家に入ることを許され曖昧ながらも笑顔になる。そこで場面は暗転した。
(……俺、目から光線出したことないんだけど……)
殆ど解釈を終えていた相川の夢の感想はそんなものだ。後は精々遊神門下生たちをからかうネタが出来たくらいだろう。
「さて、夢分析もいいけどもう面倒だしさっさと深層心理の方に行きますか……【対話式】」
まだ夢は続くのだろうが、相川だって眠いし明日もある。さっさと用事を済ませることにして相川は瑠璃の意識、無意識レベルのそれと対話しに行った。
「……うっわ……センシティブと思ってたがこれほどとは……」
暗転した世界から移動した先は相川の姿を映したモノが壁となって存在している世界だった。相川はそれを今いる空間に影響された物だと解釈してその中でも奏楽など大切な物だけは忘れないんだなと思いつつ瑠璃のいる場所へと向かう。
そこには今の瑠璃の姿より幼い出会ったころの瑠璃がTシャツにハーフパンツの姿で泣きじゃくりながら座っていた。しかし、相川を見つけるとすぐさま笑顔を形作ると両手を振って呼びかけて来る。相川もそれを発見すると一っ跳びで移動し、隣に立つ。
「よぉ、寂しがり屋の瑠璃さん。何が悲しくて泣いてんだ?」
「そんなの決まってるよ。君に捨てられそうだから。」
「どうすればいいかな?」
「一緒にいて?」
「それ以外で。」
相川は薄い笑みを浮かべつつ、瑠璃は表情をころころ変えながら会話をする。
「一緒に居てくれることがボクにとってのお薬だよ? それ以外は要らない。」
「要らないじゃない。精神状態の瑠璃が泣いてると現実世界にも影響が出るぞ? いや、もう出てる。このままじゃ普通の生活が送れなくなるのにいいのか?」
「うん。」
反語的に問いかけたつもりの相川に瑠璃は笑顔で頷いた。それに対して相川が嘲笑するかのように笑って反論する前に瑠璃は蠱惑的な表情で艶やかに笑うと告げる。
「だって……こうしてれば、仁くんは面倒看てくれるから……ね?」
「そんなのダメだよ!」
瑠璃の言葉に相川が憮然とし、何か言おうとする前に白いワンピースを着た別の瑠璃がこの場に現れて既にいる瑠璃に怒って掴みかかった。
「頑張らないと! ボク本当に見捨てられちゃう! すぐに治すんだ!」
「治してどうすんのさ! また絶交されたら今度こそもうお話も出来ないんだよ!?」
「それでもだよ! 一方的に負担を押し付けちゃダメなんだ! 夫婦は一緒に幸せになるものだってママも言ってたよ!」
「……だれが夫婦だ……」
成り行きを見守っていた相川だが流石に聞き逃せないワードが出てきたので訂正を入れて解決に導くことにした。
「あー……要するに瑠璃にとって俺は家、家庭のイメージを司ってるらしいな。そこから見捨てられたと解釈して傷付いたと。」
「うん。」
「そうだよ。だからずっと一緒って言ってくれるならボクだってすぐに元気になるよ。」
Tシャツハーパンの瑠璃の言うことは流して相川は続ける。
「じゃあここで明言すればいい。用がある時とか、困った時は俺の所に来ていいよ。これで満足?」
「「足りない。」」
声を揃えられて反論を受けるが相川は別に瑠璃の願いを叶えに来たわけではない。日常生活に支障が出ない程度に精神が回復すればいいわけなので多少精神が不安定でも問題はないのだ。
「……ふむ。俺がここに残るのに結構な魔力を要するほど精神が持ち直したな。じゃあもう大丈夫だろ。これで一応の心の拠り所が出来ましたっと。後は変なことして信頼を失ってる阿呆どもに頑張って貰えばいいや。」
「待って! ボク……」
「嫌だ。魔力の無駄だ。じゃあね。」
二人の瑠璃が何か言おうとしたが相川は治療終了と速攻で撤退していった。