治療行為
授業を受けに行こうとした相川は瑠璃がへばりついて離れない状態で軽く困った状態にあった。
「……この状態で受けに行っても文句は言われんだろうが……俺が嫌だ。」
好奇心だけで相川に声をかける者は殆どいないクラスになっているので別に受けに行っても特に問題はないだろうとも思うが行きたくない。しかし、この場にも校医が戻って来るはずなのでこの場所にもそんなには居られないだろう。
そんなことを考えてどうするかと思案していると不意に腹部に温かい液体が伝ってくる感触がしてその正体に勘付いた瞬間、相川は顔色を変えた。
「うっわ……最悪……」
「んぅ……」
「んぅじゃねぇよこの馬鹿……! ボケが……今日の授業は休むしかなくなったじゃねぇか……」
身動ぎする瑠璃にキレながら相川はぐしょぐしょになった服と椅子を見て気分を最悪に落とされた。そんな折に校医が帰って来て絶句する。
「あ、あなたたち……学校でなんてことを……」
「……酷い勘違いを受けているようだが……後始末は頼んだ。あなたが今朝18万で落札したシーツに沁み込んでいた物質ですよ。」
相川の一言に校医の顔色がさっと変わる。相川からすれば今更だ。
「因みにあんたが想像しているようなことは一切ない。両者一切の着衣の乱れもないのは見て取れるだろう? こりゃ何か精神がやられてるみたいだから治療してくる。」
「ま、待ちなさい……」
「因みに今朝ここを借りるにあたって言っていた秘密はさっき言ったこと以外にも保有してあるから大丈夫ですよ。安心してください。連続15年勤務、全てのデータが揃っています。」
校医は絶句した。対する相川は格好つかないなぁと思いながら最後に言った。
「この学校は閉鎖的で本っ当にやりたい放題しても外部から文句を受けないですよねぇ……でも、リークしたら飛びつくような話題がたくさんですよ。だから、噂話が多数に広まり細部を汲み取れる……情報化社会の中に取り残されないように皆さん頑張りましょうね~」
そう言い残し相川は自宅へと飛んで帰った。
「……さて、あれだけ見捨てないでと懇願されたんだし……まぁ見捨てずに治療していきますか……」
自宅に戻った相川はシャワーを浴びて瑠璃を起こそうとし、それでも起きなかったのでビンタして起こすとこれまでの経緯を話し、瑠璃の顔を赤や青に染めて服を着替えさせてリビングに居た。
「見捨てないでって、そういう意味じゃないけど……」
「んだよ。文句あんのか?」
「……一緒居られるならいいけど……」
瑠璃はずっと俯いている。そんな瑠璃に対して相川は質問紙法を開始した。ただし、相川は瑠璃のストレスの要因をよく知らないので最初は当たり障りのない物をしてみる。
「じゃあ瑠璃。」
「うん!」
「この『私は』みたいな言葉の後に続く~に当たる物を10分間でいっぱい書いて行って。」
「うん! えっとね……」
瑠璃は25個程の言葉が並ぶ質問紙に文字を記入する。すぐに書く手が止まったが相川を見て何か思いついたらしくその後はすらすらと書き進み20個ほど記入を終えた所で時間が終わった。
そしてその途中経過と結果を見て相川は絶句する。それに対して瑠璃はいっぱい書けて満足気にしており褒めて欲しそうだ。
(……こいつ、ヤバいぞ……何だこいつ……固執型極まりない……)
別に相川も専門家というわけではない。しかし今行った簡単なテスト、文章完成法テストについてはそれなりの解釈を持っているのだが今回の心の歪みは恐ろしさすら感じた。
「どーだった?」
「……ちょっと、待ってね?」
相川は少し頭を整理するために瑠璃を待たせる。その間、瑠璃はずっと相川のことを見ており相川の解釈がそれほど間違えていないことを補強するかのようだった。
(……ストレス要因、不安なんかを探ろうと思ってSCTをやったんだが……こんなヤバいとは……ちょっとロールシャッハもやるべきか……? いや、こいつの精神状態はかなり不安定だし、不安感を強めるテストは止めておくべきか……)
「……取り敢えず、様子見の為にしばらくウチに住む?」
「! いいの!?」
「……代わりにクロエを瑠璃の家に住ませることになるけど……」
「いいよ! やったぁ!」
喜ぶ瑠璃だが相川の方は見えないように軽く引いている。そんな折にクロエが戻って来た。
「ししょー、授業でないで何してますか?」
「……ちょっとした治療。」
相川の分の授業のプリントも持って来ているらしいクロエに相川は軽く礼を言ってそれを受け取る。それに気付いた瑠璃はクロエに満面の笑みで言った。
「あ! クロエちゃんありがとう!」
「? お礼言われる筋ないですよ?」
「筋合いな。」
「そうでした。それで何でお礼言うんですか?」
多少訂正を入れたところでクロエに相川はこれまでの経緯とテストの結果について説明した。そこでクロエは少しだけムッとしたものの溜息をついて了承する。
「……まぁ、ちょっとAクラスの家にもあこがれないと言うこともなかったのでいいですが……変なことしたらダメですよ。」
「しないよ? 普通のことしかしないよ?」
「ししょーは忙しいんですから、邪魔しないでくださいね? お手伝い、するんですよ?」
「するよ! ボクだって仁くん手伝えるし!」
微妙な諍いは合ったものの両者すぐに承諾し、すぐに引っ越しの準備が整えられた。それが終わると瑠璃は相川を見ては笑顔を溢す。そんな視線が相川にとってはストレスだ。
「さっきから何? 見ての通り俺は忙しいんだが。」
「な、何でもないよ? 何してるのかなーって……」
「共同研究契約書の内容修正。向こうさんから質問があってその辺の妥協点を送ってから書き直しをしてるところだな。」
「ふーん……あ、ボク何かお手伝いできる?」
「特に。」
しかし、瑠璃は暇そうだ。先程からずっと相川のことを見ている。仕方がないので相川は仕事を一度区切って瑠璃の方へと向かった。
「遊んでくれる?」
「……犬かお前は……」
「わんわん! 遊んでー!」
「……宿題やった?」
「終わってるよ! 仁くんのも!」
相川は自分の筆跡を真似られて終えられた宿題を見て軽く引き攣った笑いを浮かべる。瑠璃の前ではそこまで文字を書いた記憶がないし、ここ最近に至っては絶交していたはずなのに現在の相川の文字をかなりの精度で書き上げている。
「そ、そうか……」
「うん!」
全身で褒めて欲しいと言わんばかりの瑠璃。相川も一先ず褒めはしておくが扱いに非常に困る相手だった。
「……で、遊ぶってのは? 言っておくが組手は無理だ。左手を怪我してる。」
「……それは島の?」
「そうだ。割と重傷だったみたいで治ってない。」
「分かった。ボク膝枕する。」
「……何が分かったのか俺には分からない。」
瑠璃の思考がぶっ飛んでいることは割と昔から知っているがいつの間にか悪化していたらしい。相川は拒否しておくがそれならそれでと瑠璃は相川の隣に密着して来た。
「ふぅ……」
「……あ、おむつ買ってあるから寝る時にはそれ付けろ。」
「……ボク、赤ちゃんじゃないもん。イヤ……」
「同じベッドしかない「分かった! ボクつける!」……分かったならいいんだが……」
そしてその日は更けて行った。