精神異常
「……えっ?」
無人島から戻って来た翌朝。瑠璃は意識が目覚めてすぐに下半身が冷たく、何やら液体にまみれていることに気付き、思わず跳ね起きた。まさかと思いつつも考えられるのは一つだけ。
「ぼ、ボク……おねしょしたの……?」
信じられないと言う顔になるが事実は覆せない。ハウスクリーニングが来ればベッドは片付くだろうがその前に乙女としてこんなことは認められないとすぐさま証拠隠滅に乗り出す。
「……壊そう。」
シーツは水洗いするにしても不自然さが残る。そんな不自然さを隠すためにシーツどころではない騒ぎを起こそうとベッドを破壊して全て有耶無耶にすることにした。幸いと言っていいのか備品はただで新しい物が手に入るし、寝惚けてベッドを壊す人も多々いるのでそこまで問題にはならないはずだ。
「ごめんねベッドさん。ボクのめーよの為に壊れて……」
その日、瑠璃はベッドを粉砕した。
「……ん~左手が痛い……」
「昨日からずっとそれ言ってるですよししょー。大丈夫ですか?」
「……流石に精密検査を受けようかなって気分にはなってきた。病院予約するかね……いやこの学校にある設備でいいかな?」
その頃相川はクロエが作った朝食を食べ終わりティータイムに入って左手を見ては溜息をついていた。それを見るとクロエも心配そうな顔をするが相川は深刻な顔をしない。
「いや……痛い痛い言ってても治らないのは分かってるけどさぁ……薬が効かん。大体この世界の法則的には四肢欠損とか主要血管とかが斬られて勁が通らなくならない限りは氣で治るはずなんだけどな……その辺どうなんだ?」
「……よくわからないですけど、痛くて治らないなら病院行くべきです。」
「いや、まぁ……クロエの意見は尤もなんだが……」
正論を言われるとそう片付けるしかないので相川は嘆息して今日の学校ニュースと普通の新聞を見、それから軽く書類を片付けに掛かることにする。
「……何? 学校裏ニュースで瑠璃の粗相したらしいシーツが18万で落札……今日も元気にイカレてんな……まぁ俺に関係ないし別にいいけど……その他は……あぁ、新入生がもう半分切ったか。まぁそろそろそんな時期だしそんなもんだろ。」
相川が思わず声を出すくらいの学校裏ニュースはそんなものだった。そして表の学校のニュースを見るとそわそわしていたクロエの緊張が高まっていた。何事かと思いつつも学校のニュースを見るとそこにはクロエの笑顔がアップで写っている。
「……ほー」
記事を読むとクロエがカリキュラムが変わったここ5年で最速タイムをたたき出して表彰されたということがトップ記事に上がっていた。どうやら褒めて欲しいらしい。
「凄いな。」
「! えへへ。頑張りました。」
ずいっと頭を相川の方に差し出して来て撫でろと言わんばかりのクロエの柔らかな金髪を撫でてあげるとクロエは目を細めて喜んだ。それは兎も角として相川は左手の検査予約を入れると書類に取り掛かる。
「……こんなもん契約書読めばわかるだろ……一々質問するなよ……っと、検査は学校が開いてすぐに可能か。よしよし、じゃあ書類は適当に切り上げて少し早めに学校に行くか。」
若干苛立ちを込めながら返信をした相川は学校の保健室の返信に気を良くしてクロエにも条文などを教えて授業までの時間を過ごす。
「……あれ? 身体、動かないよ……? 毒……?」
その頃瑠璃は何とか体を動かして扉を開いたが学校に着くなり涙が出そうになって体が更に異様なまでに重くなって体の震えが始まっていた。
「遊神さん? どうかしたの?」
「……何か、身体が変……熱いのに氷が体の芯になってるみたいで……」
「……保健室行く?」
尋常じゃなさそうな瑠璃の様子にクラスメイトの一人が声をかけて来て瑠璃を背負って移動する。
「……汗、凄いね……」
「そう、なの……?」
「自覚ないの……?」
「ぐるぐる、する……」
これは急いだ方が良いとクラスメイトの伊藤さんは急ぎ始めた。そしてすぐに保健室に着くとノックもせずに突入する。
「ごめんなさい! 瑠璃ちゃんが大変です! 急患です!」
「……保険医ならいないぞ。俺が今貸し切ってるからな……つーか扉に掛かってる札見ろや……」
そこに居たのは相川だ。手の角度を変えてみたりして様々な状態の左手を撮った物を見比べる真っ最中で固まって後ろを振り返っていた。そんな相川を見て伊藤は気が動転したまま言った。
「相川くんって、凄いんでしょ!? 瑠璃ちゃん治せるよね!」
「えぇ……誰がいつそんなことを……」
「もう大丈夫だよ! それで相川くん、私は何をすればいいの!?」
「……取り敢えず静かにしてくれればいいかな。」
勝手に話が進んでいると思いつつ相川は無言でじっと、じぃっとこちらを見て来る瑠璃の様子を見て首を傾げる。
「あー……遊神「いやぁあぁぁあぁっ!」……俺がトラウマなんじゃね? 学校に俺が居るから来たくなくて自律神経がやられたとか。」
「そうなの!? じゃあ遠ざけないと!」
「違う! ボクから仁くんを盗るな!」
本気で殺意を振り撒いた瑠璃に伊藤は怯えて黙る。そんな両者を見て相川は嘆息した。
「運んできてもらっておいて何だこいつ……で……そこの人は「いやぁぁぁぁっ!」さっきから何なの? 喧嘩売ってる?」
「違う……ボク、瑠璃だよぉ……どうして……」
「……何なの? 面倒な奴だ……で、そこで怯えてる可哀想な子は……」
「い、伊藤……です……あの、私、授業があるので……」
背後に恐怖がある状態に耐えかねて仲良くなろうとここまで連れてきた瑠璃をベッドに放り出した伊藤はそう言って保健室から去って行った。残された二人は少し黙って見合うが相川の方が先にレントゲンの方を見るために視線を逸らした。
「! 見捨てないでぇ!」
瞬間、瑠璃がベッドから飛び出して相川の背後に圧し掛かる。
「うわっ……何? さっきから何なの? ってか汗凄っ! もう面倒だし薬でも出しとくか?」
「ボク、何でもするから見捨てないで……」
「何言ってんだこいつ? 人聞きの悪い……見捨てるも何もあ……瑠璃が絶交してきたくせに……」
あんたが縁切ってきたんだろ? と言おうとする前に瑠璃が泣きそうになったので呼び方を変える。しかし、どの道瑠璃は泣いた。
「絶交、もう止めて……ボク、死んじゃう……」
「止めるも何も勝手に決めたのあん……瑠璃なんだけど。」
「許して……ごめんなさい。ボク、間違ってました。だから絶交しないで……」
「何を間違えたんだよ? つーか絶交した方が楽で……」
相川が最後まで言う前に瑠璃は滂沱の涙を流して泣き叫び始める。顔を真っ赤にしての号泣だ。相川が何を言っても「ごめんなさい」としか返さない。
(……うっわー面倒臭ぇ……何だこの生き物……保健室が開く時間まで貸し切ってるが時間足りなくなるじゃねぇか……気絶させるか?)
相川が拳を固めたところで瑠璃は近づいてきた相川にホールドして涙など気にせずに肩に顔を埋めた。そこでようやく落ち着き始める。
「……ふっ……ん……えぇ……」
「……落ち着いたなら降りて欲しい。」
「……っぐ、ボクのこと、見捨てない?」
「見捨てるも何も……」
正論を言ってもループして面倒なことになるだけなので相川は一先ず宥めるために適当なことを言い始める。
「じゃあ、ボク、仁くんと一緒に居ていい……?」
「……忙しい時じゃなければ。」
泣くかなかないかギリギリのラインで相川は譲れない部分は通しておく。そう言った問答を続けながらあやしていると瑠璃は眠たくなったのか涙の跡が残るまま相川に抱っこされて眠った。
「えぇ……俺、こっからどうすんだよ……」
是が非でも離れないという強い意思を持ったまま眠った瑠璃にこのパターンは久し振りに来やがったなと思いながら相川は自らの体を何とか診てどんな手を使っても全治1週間は最低でもかかるという診断を下した。