共同生活
「んぅぅ……あ、仁くん……」
「俺の負けだから離せ。」
「お友達……」
「それでいいから離せ。」
「指切りげんまん……」
「するから離せ。」
寝起きの瑠璃から解放されて相川は体を伸ばした。瑠璃が心配そうにその後ろ姿を見る中で相川は溜息をつく。
「ふぅ……体も硬くなってるなぁ……縮んだからか。」
「ママは……?」
「今裁判所に連れて行かれてる。多分ナンバープレート持ってそろそろ帰って来ると思う。あ、死体の方は死神さんとの交渉結果で引き取ってもらった。後日お守りとして一部を結晶化したものが来るよ。」
「お守り……」
瑠璃は相川が相変わらず何を言っているのか分からなかったが、取り敢えず頷いてお腹を抑えた。
「お腹空いたね……」
「……料理をしろ、と? 別にいいが……材料貰うよ。」
「お料理できるの!? 凄い!」
そんなに得意ではないので期待されても困ると思いながら相川は冷蔵庫を開けて中身を見上げる。見える範囲内にあったものは卵だった。
「卵か……ご飯は?」
「こっち!」
「ふむ。もう面倒だから玉子かけご飯でいいかな。かったるい。」
相川は一応栄養的には問題ない完全食である玉子かけご飯にしようかと思いもしたが、瑠璃が出してきたチルド室の肉の消費期限が今日なので取り敢えずそちらを使うことにする。
しかし、調理台を使うのには身長が足りなかった。
「……瑠璃、踏み台が欲しい……」
「持って来るねー」
瑠璃が踏み台を探している間に相川は調味料の在り処を探す。
「昆布出汁、鰹出汁は……鰹節しかないか。白出汁があるからそれで略してもいいけど……まぁ適当でいっか。牛肉の甘辛炒めで。」
「持って来たー!」
椅子を持って来て並べ始める瑠璃。相川はその台に乗って料理を開始しようとして次に腕の短さに困った。
「……まぁ、魔術がなくてもやるけど。一先ず、残りそうな分はラップに包んで下味をつけてから冷凍庫に……届かないから瑠璃、入れといて。」
「はーい。」
跳躍。そしてドアを開けるとその勢いのまま空中で身を入れ替えてその中に肉を放り込む瑠璃。それを尻目に相川は味噌汁の為にお湯を沸かしつつ牛肉を適当に切ってフライパンにサラダ油とごま油を垂らす。
牛肉の色が変わり始めるころに葱を小口切りで切ってフライパンに突っ込むと醤油と砂糖を入れて一味を振りかける。
「あ……瑠璃、辛いのイヤ……」
「……じゃあ味噌足すか。」
水を足して味を引いた後に水気を飛ばし、火を弱めてから分量を変えて牛肉の味付けを行いつつ白出汁と混合出汁の顆粒を入れて味噌汁の準備をする。
「仁くん凄いねー……」
「あ? これ位慣れればできると思うが……」
味噌を溶くと豆腐、そして牛肉炒めに使わない分の葱を味噌汁に入れて一煮立ちさせるまでは放置することにして大体が完成した。
「ご飯は……まぁ2人分なら大丈夫だろ。」
「う~瑠璃もお手伝いしたい……」
「……じゃあ皿洗い頼んだ。」
相川は作るのは別にいいが、洗うのは好きではないので食後にそれらをしてくれるように頼むと味噌汁が煮立った。
「さて、ちょっとだけ肉の方に味が染みるまで放置。」
「凄いねー仁くん、ママみたいだったよ~?」
「……この歳でそれはちょっと……」
瑠璃の賞賛を余所に椅子から降りて相川はそこに座り、思考する。
(5歳……5歳って、何するんだ? 俺の世界、つーか俺は特殊例ってこと自覚してるからな……あの頃は生きるために魔術を使いつつ機械弄りをしてたが……今回は取り敢えず武術を使うために体を鍛える必要がある。……でも、幼少期から鍛えると身長が伸びなくなるって話もあるからなぁ……)
「瑠璃、お腹空いた……」
「ん? あぁ、まぁ……そろそろいいかな。」
瑠璃の言葉で我に返る相川。料理を皿に分けて瑠璃に運んでもらい、椅子も瑠璃に運ばせて食事を開始する。
「いただきます。」
「……イタダキマス。」
少し冷ます意味もあった味噌汁から飲むが、相川からすれば普通の味だ。しかし、瑠璃からすれば違ったようだ。相川のまねをして味噌汁から飲むが、リアクションは異なり目を輝かせた。
「美味しい!」
「……そりゃどうも。」
「凄いねー! お肉も、柔らかくて美味しー!」
「……普通なんだけど……」
妙さんは料理が苦手だったのか……? と思いつつ相川は別段変わりない食事を摂りつつ首を傾げる。
『あら、美味しそうですね……』
「あぁ、お帰りなさい。」
「ママ帰って来たのー? 美味しいよー!」
見えない母親をきょろきょろ探しながら箸で肉の味噌炒めを目の前に見せつけるようにして食べる瑠璃。相川は妙の言葉をそのまま伝える。
「行儀が悪いってよ。」
「むー……ママの分まで食べてるのに……」
「感動してる。えー……そう言うのは自分で伝えて。」
「……何て言ってるの?」
「思いやりのある優しい子に育ってくれて嬉しいらしい。」
食事を摂りながら相川は調味料や既に買ってある野菜などの在り処に付いて訊いておく。
「にんにくとかの薬味がないのだが。」
『あまり使わないので……スーパーに行ってもらうしか……』
それなら確かに料理も微妙なんだろうなぁ……と相川は思いつつそれは口に出さずに頷いておく。
「スーパー……そうか。買い出しにも行かないとダメか……」
『あまり、瑠璃に重たい物を持たせたくないのですが……』
「俺は物理的に持てない。」
「瑠璃が持つ! 頑張るよ!」
明日の予定が決まったところで夕食が終わった。そしてテレビを見るが相川は首を傾げる。
「面白くないな……」
「ねー遊ぼー? お絵かきしよ?」
「今、魔力を使わないと手が微妙に思う通りに動かないんだけどなぁ……まぁいいよ。」
瑠璃の遊びに付き合っていると妙が告げる。
『そろそろ、基礎トレーニングの時間ですので瑠璃に……』
「基礎トレ。」
「あっ、そんな時間……じゃあ、仁くんも一緒にしよー?」
「まぁ、基礎中の基礎だけな。俺、今体力全然ないし。それにどちらかと言えば氣のコントロールの方が気になるから。」
瑠璃はストレッチを終えるとその場にうつ伏せになって腕立てを始めた。それに対して相川は。
「……何してるの~?」
「壁で腕立て。普通の腕立てだと持ち上げるどころか維持すらできない。現段階では割とこれで効果がある。瑠璃には意味ないらしいけど。」
後半部分は妙の言葉をそのまま伝えて相川は相川なりに一生懸命頑張る。
「あ、瑠璃は……外腹斜筋かな。お腹の外側の筋肉を鍛えるために体幹トレーニングだって。姿勢の保持。」
「うん。」
横向きの体幹トレーニングを行うのを見つつ相川は出来る回数だけ腹筋を行い背筋やスクワット。その他のものを回数に拘らずに姿勢だけきれいにやり遂げて軽くストレッチをして終わりにする。
「じゃあ風呂入るから……」
『あっ、瑠璃はまだ1人でお風呂に入れないので相川くん……』
「えっ、瑠璃まだ終わってないから待って!」
母娘の言葉に相川は難色を示す。
「風呂は1人で入りたいんだけど……」
『隙が出来るから、ですよね……瑠璃は理由なく襲い掛かったりしませんから一緒に入ってあげてくれませんか……?』
「瑠璃、1人でお風呂入ったことない……」
霊体と普通の声が二重音声で聞こえてくる中、相川は面倒臭くなったので瑠璃と一緒にシャワーだけ入ることにする。
「頭洗って~」
「……はいはい。」
面倒なので為すがまま瑠璃の柔らかい髪を洗い、背中も洗う。相川も術がないので仕方なく瑠璃に洗ってもらってから風呂から上がると髪を乾かして布団に移動する。
「……仁くん……一緒、寝よ……?」
「うぅ……ウザい……」
『私が死んだことがショックなのでしょうから、そこを曲げてどうにか……』
「妙さんがいっち番ウザい……」
赤ちゃん返りのようにイライラして来た相川だが、その日も意思を曲げて瑠璃と一緒に寝ることになる。