無人島・帰還
「アハハハハハ……ハッハ……ファハッハッハハッハッ……アハハハハハハ……やり遂げた……俺は殺り遂げたぞこの野郎……2日間耐久不眠殺戮ツアー……やり通したぞー! ご馳走様でした!」
「なぉん……」
相川は島の中心部付近で少し汚れた状態のままそう言って大声を上げた。この島にはまだまだたくさんの猛獣や魔獣たちがいるが、寄って来たら逆に儲けものくらいの相川にとってはそんなもの気にならないのでそれよりもと周囲の魔素を吸って電波時計を確認する。
「ふむ……よし、予定時刻にはまだ余裕があるな。これなら普通に行って間に合う。しかし、これでも俺は社会規範は守るので急ぐのだよ。さぁさぁどいたどいた!」
破壊活動に勤しむ形で道を作って行く相川。程なくして相川はすぐに海岸へと着くことになった。底には既に先客がそれなりにいたがそれら全てに相川は無関心で大人しく岩に腰かけて船を待つことにする。
(……さて、この猫を持って帰りたいんだがどうするかね……一応、擬態とか言う不思議な毛並みにできるようになったからこの辺の奴らには見えてないだろうが……取り敢えず、ポケットに入れておくか。)
子猫は何故か手の平サイズから片手に収まるサイズに小さくなったが代わりに風景や背景に身を紛らせる術を手に入れて相川の頭の上に居たが、相川に捕まって少しだけ目を開けた後に大人しく懐のポケットの中に入った。
相川の不思議な服の中に入っている状態では膨らみもないので誰にも気付かれないはずだが眠っている猫が大暴れすれば結構問題になるのでその辺は賭けだ。
内心でバレたらどうしようか少し考えつつ最悪の場合は船を奪って本土に直行することも視野に入れて計画を練っているとこの場に瑠璃がやってきた。相川はそれを無視して座ったまま顔を下に向けて考え込む。
「あの……ねぇ……」
躊躇いがちに声をかけてくる瑠璃。遊神門派のメンバーたちも成り行きを見守るようにして瑠璃に対して半円になるように距離を保ってそこにいるが相川は顔を上げない。
「ねぇ……仁くん……」
「……あ? 俺か? 何か用ですかね遊神さん。」
「助けてく、れ……? あれ……?」
瑠璃は返事をしてくれたと同時に助けてもらったことへのお礼を言おうとして違和感に気付いて言葉を切って固まった。
「何か?」
「ね、ねぇ……遊神さんって……何……?」
「? 自分の名字も忘れた?」
「そうじゃなくて! 何で、瑠璃って言ってくれないの……?」
「そりゃ絶交しましたんでね。」
瑠璃は無理矢理大量の氷を飲み込まされたかのような息苦しさと冷たさを覚えて少し黙った。
「どうかしたのかな? まぁいいや。そんなことより遊神さんは俺に何の用なんですかね?」
「……ぁ……嫌……」
「嫌? 何が? 俺と話すこと?」
「ち、違うよ! ……ボク、瑠璃だよ……」
「知ってますが?」
相川も別に暇をしているわけではないのでさっさと用件に入って欲しいと思いながら目の前で苦しんでいる存在が何の用でここに来たのか周囲にいる面々の表情から伺ってみるが全員険しい表情で黙っているだけで何の役にも立たない。
「……用がないなら話しかけないでくれないかな?」
「な、何でそんな……酷いよ……」
「……いや、絶交ってそういう意味なんだが……別に俺の方から言ったわけでもないし……そうしてほしいって言ったのは遊神「その呼び方止めて!」……じゃあ……あなたでしょ。」
「違う……違うよぉ……止めて……」
(……いや、違うってあんたそりゃ無茶苦茶だろ……)
泣き始めながら違うと繰り返す瑠璃を相川は変な物を見る目で見ながらポケットの中にいる眠り子猫を撫でる。甘噛みされた。ほっこりした。しかし、目の前の存在は何やら忙しそうだ。
「ボク、そんなつもりで言ったんじゃない……」
「……いや、どんなつもりで言ったのか知らないけど。絶交の定義は喋りもしないことだからね? こうやって喋ってること自体、あなたの言う絶交の定義からズレてる訳で……」
「絶交イヤぁ……ぅぇえぇぇえん……」
「えぇ……何だこいつ……」
もう泣きじゃくり言葉にならない瑠璃の喋りを相川はどうした物かと思いつつ見ていると相木が入って来て瑠璃を慰め始める。
「相川くん、瑠璃ちゃんが可哀想だよ。許してあげなよ。」
「許すも何も……怒ってもいないし別に何かした訳でもされた訳でもない……どうでもいいんだけど。」
「どぉでぼよぐないぼん!」
「もう一回遊べるドン? いやどうでもいいんだけどさ「よぐない!」えぇ……何だこいつ……」
適当に言った誰も笑いもしないことを自分で流そうとしたのに相木の胸の中で泣き伏す瑠璃に親の仇でも見るかのように怒られて相川は微妙に困った。
「……まぁ何だ。何か気が動転してるんだろう。この島から帰ったら普通になると思うよ。」
「……普通って何?」
「知らんよ。その人の「瑠璃! ボク、瑠璃だよ!」……鬱陶しいな。そいつの日常なんか俺は知らない。関係ないしね。」
一瞬だけ向けられた敵意に瑠璃は身を固まらせ、続く言葉に斬り捨てられて声もなく涙を流し始めた。それを見た他の一門たちが相川に敵意を向けるが相川はやる気なら応じるとばかりに氣を向けつつ挑発の代わりに言っておく。
「おうおう、活神拳の総本山の飛燕山はさっきまで山籠もりで疲弊しているか弱い子ども相手にリンチをするかのように多対一で襲い掛かって来るんですね! さっすがぁ! 格好いい!」
「くっ……お前のどこがか弱いのか……」
「畜生が……」
「もういいだろう。こんなのに関わらせて瑠璃ちゃんを無駄に悲しませることはない。」
「まっ……」
瑠璃は立ち去ろうとさせる面々を止めようとするが落ち着いていない彼女の声は言葉にならず、タイミングがいいのか悪いのか向こう側に船が見えたことで移動が始まる。相川はそんな同級生たちを見送りつつ自らの左手を見た。
「……まーだ治ってないのか。まぁ寝てないし仕方ないか……痛いなー……面会謝絶で集中治療ものだよこれは……帰ってからやればいいか。」
そう思い自宅にある薬のことに思いを馳せると不意に薬草たちの手入れがちゃんとされているのか気になり始めた。
「まぁ大丈夫と思うけど……でも外だと1ヶ月以上経ってるんだよなぁ……俺の頼みとか適当に聞いてれば金払うだろとか思われて手抜きされたら氣が抜けた普通の薬草になる……そうなってたらどうするか……」
一応その辺の契約書は作ってはいるものの氣がどれくらい入っていればいい薬になるのかはクロエにはよく分かっていないようだったので不安を覚える相川。因みにクロエは契約書を作らなければいけない程信頼されていないのかと落ち込んだりしていたが、現在も頑張って手入れを行っている。
「相川、そろそろ出港するぞ。」
色々考えている相川の下に権正が船から海を走ってやってくる。魔力も使っていないのに何やってんだこのおっさんはと思いつつ相川も移動を開始し、魔素の籠る島から最後に全力で魔力を吸いつつ自宅へと向かう船に乗り込んだ。