合流
「さぁ白焼きか! かば焼きか! もうどっちでもいいから取り敢えず殺そう!」
「なぅなぅ!」
巨大な蛇の尻尾を発見した相川はすぐさまそれを切断。気付かれないなら放置と思いながら食事の準備と思っていたところ、蛇の顔が反転してこちらに向いたので戦闘準備にかかった。
「左手が痛いので、下処理など全て適当にして殺します。」
「なぉん!」
相川が頭を叩き潰しに行った直後、子猫の体が黒く光り、巨蛇の腹が中程まで三つ痕に切り裂かれた。相川の拳ほどしかない大きさの猫の予想外の行動に相川は少しだけ驚きつつも頭を切り落とす。
「……お、遊神だ。死んでんのかな? いや、呼吸はしてるみたいだねぇ……寝てるのか?」
そんな訳はないと分かりつつ独り言を言いながら蛇の皮を剥ぎ返り血を浴びる相川。黒猫と化した子猫は生ということなどおかまいなしに喰らいつきまだのた打ち回っている蛇を喰い散らかしていた。
「あーあー……内臓を傷つけんなよ~? 臭いのが体に回るから……」
そうは言うものの内臓が通っていない部分は既に切り落としてあるので食べ残すであろう場所は放置しても構わない。捨てる部分はどの道燃やすのだ。
「……まぁ俺も調理している間にここで倒れてるお姫さんのことでも何とかしてやるか……うわ、髪の毛が汚い……つーか何か全体的に汚い……それでも臭くはないのは凄いが……」
洗浄の術をかけて綺麗にした後、フローラルな香りにしてあげてから魔術を用いて外傷などをチェックしてみた。
「ふむ。過労とかまぁ色々あるみたいだが死にはしないしいいか。んで、こっからどうするか……絶交らしいがまぁ多少は助けるかね……」
骨を地面に刺して焚火で野草を振り撒き香ばしく焼いている蛇に火が通るのを待ちつつ相川は瑠璃を担いで調理場まで移動した。そこでは蛇が油を滝のように流しながら焼けている最中だ。
「おぉ……珍しいな。サンショウウオみたいに油が出てる……蛇って焼いてもそこまで油は出ないモノなんだがね……美味しいんじゃね?」
猫君の食べっぷりを見てもこの蛇の味に期待が高まる。相川は瑠璃のことをその辺に放っておいて食事に移った。
「……ふむ。……大味だけど美味いな……久し振りの食事だし結構食っておくか……と、それは兎も角、今いつなんだろうな……? これからの予定立てないといけないから辺りの魔素吸い尽くして電波時計を起動しないとなぁ……」
食事をしながら魔素を吸収していく相川。肉体的にも魔術的にも急速に満ちて行く中で左手の痛みは薄れ始めた。
「……よし、普通に痛いくらいになって来たし大丈夫だな。思いの外かたくて最悪腕をぶった斬って新しいのを付ける羽目になるかと思ったが何とかなりそうだ。」
腕をだらりとしたまま骨を持って蛇肉を齧り盗る相川。電波時計が正しく繋がり時間が分かる頃には子猫が食事を終えて相川の近くにまで戻って来ており、相川もボケっとしながら食事を惰性で続けているだけだった。しかし、その状態は時計が指す日時で切り替わることになる。
「……え? 後、3日で終わり……?」
相川の体感時間ではまだ1日しか経過していない。しかし、外では相川の予想以上に時の流れが進んでいたようだ。相川はどういうことかと時計を二度見する。尤も、事実は覆らない。
「……よし、取り敢えず今日はもう疲れたから寝るとしてだ。明日から一気に動かないと予定よりも少ない量に……いや、元々の予定じゃこの島に来ることもなかったから大分稼いでるけど……まぁこの島に来る時の予定量よりは少ないし頑張らないとなぁ……面倒だけど。」
仕方がないので切り替えて相川は蛇肉の一部を持ってこの辺で風雨を凌げる場所を探して移動した。そして今日の疲れを癒すために広い極上のベッドを魔術で生成し、ついでに瑠璃はその辺の葉っぱを集めて魔術で創った布で包み、適当なベッドを作るとその上に寝かせる。
「さて、いや~魔術あると結界張れていいよね。罠を作る手間をかけずに済む……さて、条件式は俺に敵意や害意のある動植物、及び俺を不快にさせる物質の通過を認めない。俺の身に危険がある物を通さないくらいでいいな。あんまり厳しい条件式だと子猫が出入りできないし……」
「なぁお。」
欠伸交じりの子猫にも相川は戦場の術をかけ、自らにも同じ物をかけると相川にとって無人島の初日。他の生徒たちにとって残り少ない無人島での一日を締めくくった。
そして、その夜。
気絶していた瑠璃は洞窟の中で目を覚ました。外からの月明かりが洞窟の浅い部分を照らす中で瑠璃は起き上がろうとして痛みにその可愛らしい顔を歪める。
「痛っ……あ、あれ……? そうだ、ボク……」
起きてすぐに状況を確認し、周囲を見渡すとそこには不自然なまでに立派なベッドがあり、そこでは相川が仰向けで眠っていた。それを見て瑠璃は状況整理をする。
「……やっぱり、ボク……仁くんに助けてもらったんだ……」
ベッドの主からの返事はない。しかし、瑠璃は泣きそうになっていた。
「ボク、一人じゃ何にもできない……悔しいよ……なのに、助けられて嬉しいって、ボクは、遊神家の次期当主なのに……ボク、ボク、は……」
じっと相川を見ながら後悔するように呟く。美味くまとめられない瑠璃は次第に黙って相川をじっと見ることになり、不意に抑えきれない感情が言葉になって流れ出た。
「やっぱり、大好きだよ……嫌いになんて、なれないよ……」
涙がベッドに流れ落ちる。しかし、瑠璃の独白は続いた。
「どうして、ボクは……何で、皆してボクを置いて行くの……? ボク、悪いことしてないのに……行かないでよぉ……一緒に、居てぇ……?」
シーツを掴み、しばらく相川を起こさないように声を殺してなく瑠璃。泣き疲れると相川が眠るベッドの中に潜り込み色々と思考を巡らせた。そして弱々しい声でポツリと漏らす。
「絶交……やめたいなぁ……」
瑠璃はこの1年ずっと言わないと決めていたことをついに言ってしまった。これで瑠璃の弱音の堤防に亀裂が走る。しかし、その皹を埋めようと瑠璃は首を振った。
「でも、ボクは……約束したから……言い方、間違えちゃったけど……」
どこか遠い場所に行くことを撤回しなければ絶交。これを宣言した瑠璃は自らが折れることで相川がどこかに行ってもいいと曲解することを非常に恐れてこれまでその件になるべく触れないようにしていた。
しかし、今日は弱気になっていたことも手伝い無意識的にも口から本音が零れる。
「ボク、可愛くなくなったのかな……? どうしたら、好きに……ボクのことを見て、夢中になってくれるんだろ……もう、どうすれば……」
瑠璃は隣で珍しく無防備で眠っている相川を見て黙る。相川のことを知っている誰かに関係修復を相談すれば止めておいた方が良いとしか言われず、瑠璃はその度に自分は間違っていないと思い込むことに成功していた。しかし、自分の気持ちを誤魔化し切れない状況に陥って間違っていると本当は思っているからこそ間違っていないと思い込もうとしているのだと気付いた。
もう、これ以上の誤魔化しは利かない。瑠璃は相川に好かれるためにどうすればいいのかと考える。だが外敵からずっと走り続けた瑠璃の体は意思が抗うことを許さず、ずっと生きるか死ぬかの状態にあり、緊張していた状態が緩むことで精神も抵抗を許さない。瑠璃はそれ以上はあまり考えることが出来ずにそのまま眠りの苑へと旅立つ。
そんな二人を薄雲がかった月光は静かに照らしていた。




