学校に戻ろう!
「ししょー! ししょー! 大変ですよ! 痛いです! 助けてください! 血が止まらないです!」
「…………ん?」
クロエの緊急事態を叫ぶ言葉で相川は久し振りに自我を取り戻す状態になり動き始めた。
「……ふぅ。結構お腹いっぱいだわ……さて、と……」
「助けてです! 助けてです! Hilfe! フィー! ルー! フェー!」
「……確認動作をする暇もないのかね。しゃあない。行こうか。」
仕方がないので相川は自分の体がどれくらい動くのか確かめもせずに岩壁を飛び超えて天井に頭をぶつけて頭を抑えつつ向こう側に着地した。着くなりクロエは号泣しながらたどたどしく現状を説明しようとする。
「せーきから血がいっぱい出ます! お腹痛いです! 死にたくないデス! うぇぇええぇぇん!」
「……何だ下り物かよ……」
相川を見るなり滂沱の涙を流すクロエ。しかし、相川は特段慌てることもなくすたすたクロエに近付きつつ氣を集中して見ながら証を立て始めた。
「下り物何ですか! 死にませんか!?」
「死ぬかよ……」
「ししょーてきとーダメです! ちゃんと見るデス!」
「えぇ……」
嵐の如く動き回るクロエにそれだけ動ければ充分だろと思いつつ相川は仕方ないので自らの懐を漁って漢方薬を準備する。目の前ではクロエが下を脱いでいた。
「こんな血がいっぱいですよ!?」
「見せんでいい見せんで……いや、多いな?」
「でしょう! ちゃんと見るべきです! 死んだら大変です!」
下半身を露出しながら近づいてくるクロエに何となく引きながら相川は思い当たる節を尋ねてみる。
「まさかとは思うが、トレーニングとかしてないよな?」
「……………………ぃぇ、あの……その。」
「したのか。アホめ。」
目が泳いで動きが止まったクロエを呆れたように見た相川は溜息をつきながら一応証を立て、説明を開始した。
「疲労から来る気虚による瘀血が原因だな。」
「おしり、ですか?」
「見せなくていい。つーか瘀血は血の巡りが悪くなってるってことだ。氣を吸収しに来ておきながら気虚になるとか……アホ極まりないな……」
「うぅ……頑張ったのに……」
落ち込むクロエに相川は一先ず証に基づき手持ちにある芎帰膠艾湯を処方しておく。そしてクロエを仰向けにさせると先に告げた。
「今から身体を押すが……治療行為だからな? 一々気にすんなよ?」
「うぅ……何するですか? よろしくお願いします……」
「……足厥陰肝経をね。まぁ要するにツボ押し。」
どろっとしていて美味しくない薬を飲まされて微妙に呻くクロエに対し、相川は一切の余計な関心を持たずに足の親指先にある大敦から始まるツボを足の内側、三陰交、血海に沿って連続して捺していき、微妙に躊躇いつつもクロエの下腹部を回るように押し肝臓前の期門から右手と左手を分けて右手は肺の表を通って中焦まで送り、左手は督脈を通って頭頂部まで送った。
「ぉ、ぅ……ふぅ……何か、ヘンでした。」
「そう。次に任脈をやってからは灸を据えるが……さっき押したところでもっととかある?」
「早くてよく分からないでした。でも、楽なったです。」
「……まぁ見てる方はちょっと凄まじいことになってたが……あ! 見ない方がいいぞ。」
相川が割と驚くくらい血が出てきたので相川はショックを与えないようにクロエを寝かせたままにしておく。
「……あれ? 頭、すごく重いデス……眠たい、です……」
「じゃあ寝てろ。その間に処置を済ませようじゃないか。」
視た状態では相川の診断は間違えていないのだが、何やら氣が絡むとおかしな状態になるらしい。面倒だと思いつつ相川はこれもまた一興かと考えを改めてクロエに向き直った。彼女は重い瞼に抗いつつ最後に相川に告げる。
「……わ、私の……あんまり、見ないで……ください、ね……?」
「……配慮はする。」
「お願いしました……」
クロエが眠った後、相川は少々実験とばかりにこの場にある霊草などを利用した薬を投与してみた。その結果クロエは1週間目を覚まさなかったが次に目を覚ました時には神化を終えることになる。
そこから更にしばらくして、相川たちは霊氣の洞窟に残されていた霊氣を殆ど吸い尽くすレベルで修業を積んだ後ようやく外に出ることにした。
「……ふぅ……? あれ? 外、雪降ってねぇか?」
「ですねー」
時計など一切持って来ておらず、時の流れを気にしてもいなかった二人は秋の暮れに遠足で来ていたことを踏まえて今年の雪は早いなと思いながら下山する。
「まぁ、山の上の方だから寒いと言えば寒いしな~」
「あの洞窟の氣のおかげで気付かなかったですね~」
「そうだな~ただ、破壊されたせいでもうあの場所は霊氣が溜まり辛くなった。もうこの場所も来年には普通になってるだろ……」
のんびりとした口調で、移動スピードだけは恐ろしく早く二人は下山していく。目指すは学校だ。
「ちょっと、遅くなったかもな。」
「雪降ってますし、もう冬でしょうね。」
「……単位取得に関しては俺はまぁそんなに問題ないが……」
「私はそこそこ厳しいですね……帰ったら猛勉強です。」
来た時とは段違いのスピードで学校に戻る二人。移動時にその踏み場となった物を一切壊さずに驚嘆すべき体幹コントロールでエネルギーを無駄なく使っている。
「まぁ、あの学校の制度的に旅に出ていた間にその分修学した力を超えたと判断されれば単位出るしな。テストの日取りが決まるまでに勉強すればいいだろ。」
「もう見えてきましたね!」
(……最悪の場合は淫行教師を脅せばいいだけだし……)
そんなことを考えながら学校に到着。その身のこなしに満足する二人だが、目の前にすぐに現れた人々にすぐにその顔を引き攣らせた。
「……相川。職員室だ。」
「……あ、はい。」
「……………………どこ行ってたの?」
「じ、自分探しの旅に……少々……」
相川は権正に、クロエは瑠璃に冷淡な目で見据えられながら校内に連行される。両者、洞窟の中であれだけエネルギーを溜めたのに勝てない相手が来て何だか不満気だ。尤も、相川の方はすぐに次善策が思い付くので普通に戻る。
「相川……お前、この3ヶ月何をしていた?」
「……3ヶ月? え?1月ぐらいじゃ……」
「……お前は時間も把握してなかったのか? 学校は春休みに入ろうとしてるところだぞ!」
「おぉ、そりゃ大変だ。すぐに単位取得のための追試を受けましょうか。」
「……それは教員が決める事であってお前が決める……いや、教員に任せていたらお前は確実に優を取ることになるか……今すぐ俺が単位認定試験をしてやろう。条件はDクラスにお前が無事に辿り着くことだ!」
相川は権正と戦うことになる。そしてその近くでは絶賛大不機嫌な瑠璃がクロエを尋問していた。
「どこ、行ってたの? 4か月だよ?」
「教えません。師匠はあなたと絶交してるので教える必要がないのです。」
「……ボク、今そんなこと言ってるんじゃないんだけど? 答えて?」
「師匠と絶交しているので私も絶交状態です!」
「……いいから答えてって言ってるの。」
相川と権正の敷地内いっぱいで争う姿を横目で見ながら瑠璃は悔しそうにクロエを睨む。それに対してクロエは勝ち誇るように短く笑った。
「あなたには、関係ないですよ? だって、もう部外者……」
「違う……何も知らない癖に、ボクと仁の間のことに口を挟まないで……!」
「でも、あなたが師匠と絶交したんですよ? 私、知ってます。もう、関係ないのでどこか行ってくださいね? ボーイフレンドと仲良くね?」
「……喧嘩、売ってるんだよね? 買うよ……」
「おぅ、もう勝負は決まってますよ? 恋の勝負も、この試合もね!」
両者がぶつかり合い、既に人気のない校内に避難勧告が発せられる。その半日後、相川は単位を取得したが学校は半壊した。そして更に半日後、クロエと瑠璃の勝負にも決着が着き瑠璃が勝った。