葬式と死後の世界
「よし。じゃあ葬式だ。」
血も涙もない相川は妙の亡骸を見て号泣する瑠璃に対してそう言った。
「えぇと? 葬式……どうしましょう?」
「ママぁ……」
「瑠璃、妙さんはあっち。」
相川は現在向いていた方向である部屋の隅を指して瑠璃にそう言う。瑠璃は相川に叫んだ。
「嘘吐き! 魔法使えるなら、ママを返して!」
「そこにいるから。」
「いない!」
「……? 俺の言うことを聞けって言っといてくれたのに瑠璃は妙さんの言うこと聞けないんだな。え? 霊感強いんで普通に見えますが何か?」
『……何か、と言われるとどう答えればいいのか分かりませんが……』
相川は普通に妙(霊)のことを視認していた。それを分からない瑠璃は相川に怒る。
「バカ!」
「あ、瑠璃が妙さんに魔法使えるとか言ったから俺もう使えねぇわ。ところで、妙さんや。何か瑠璃との秘密の隠し事とかない? 信じさせるにはそう言うのが楽なんだけど。ないなら諦めていい?」
『……出来れば、諦めないで欲しいのですがそうですね……秘密のこと。陰陽活殺戦の前の日の夜、おねしょしたこととか……』
相川はそのことを告げてみた。すると顔を真っ赤にして火に油を注いだかのように瑠璃が更に怒る。それはそうだろう。
「何か別ので。テイクツー。」
『抱っこして後頭部を撫でると落ち着くんですが……』
「やってみる。」
「触らないで!」
「……面倒臭くなってきた。諦めていい?」
『もう少し頑張ってください……お願いします。』
妙(霊)の土下座に相川は仕方がないのでしばらくこの場に付き合った。そうしていると瑠璃の方も少し落ち着いて来たようだ。
「11条、恥じらいは大事、肌を見せるのはダメ。下着を見せるのもダメ。魅せられたら見ないように! ただし、好きな人の前では少し大胆になる……俺に言わせるとか何なの? 羞恥プレイなの?」
『……ごめんなさい。でも……瑠璃が信じるまでお願いします……』
相川の頑張りで妙が淑女何とか18条とかいう変な伝承をしていた文を瑠璃の質問通りに答えて瑠璃はやっと落ち着いて震える声で相川に尋ねる。
「ほ、本当に……本当に、ママ、いるの……?」
「だから言ってんだけど?」
「じゃあ、なでなで……」
『こうです。そう……そうやって、最後はいきなりギュッてしてあげてください。そうすると瑠璃は抱き着き返してくるので。』
野良猫のように恐る恐る瑠璃が体を寄せて来たので妙の言う通りにやって瑠璃の抱き着きを受ける相川。それで瑠璃は信じた。そして、相川に暴言を吐いたことに謝る。
「ごめんなさい……瑠璃、酷いこと言った……」
「全く以てその通りだな。絶対、喋らないとか言ってたのに。最低だな。本当に信じられん。」
「ごめ、ごめなしゃぁ……」
『あの……そこは慰めてあげてほしいんですが……』
「俺も今、5歳なんだけど? 赤の他人が嘘吐き呼ばわりして暴言吐いて来たらイライラ位する。」
赤の他人発言により更にわんわん泣き始める瑠璃を放置して相川は妙の亡骸を妙(霊)にどうするか尋ねる。
『えぇと……火葬してもらえます? 何か、嫌ですけど……』
「自分でやって。鬼火出せない?」
『だ、出し方が分からないんですが……それと、私のことはどうでもいいので瑠璃を慰めてあげてほしいんですが……』
「どうでもいいって……放置してたら腐るんですが? それにこいつを慰めろって……」
妙の言葉に相川は瑠璃を見てすぐに妙の方を向き直す。
「面倒だし泣き疲れるまで放置。うっ「ごめんねぇぇ~うえぇぇぇええぇん! 嫌わないで、お友達、止めないでぇえぇ~」ぷ……邪魔い……」
顔を背けられた。嫌われた。そう思った瑠璃は相川に飛び込む。この時点では相川の方が僅かながら小さく、力もこの世界に順応できていない相川は避ける間もなく押し倒された。
「えぇい……念動力は?」
『分かりません……』
「うぐぅ……ふぅ……ふぇ……行かないでぇ……」
軽く本気で抵抗する相川だが、瑠璃は固めて来ており逃れられない。心底嫌そうにじたばたする相川に妙が困ったような顔で告げる。
『あの……落ち着かせて自分から解かせた方が……』
「俺、こいつ大っ嫌いだわ。」
『あぁ……またそういうことを……』
火が付いたかのように大号泣を始め、ますます強まる瑠璃の力に相川はもがくがどうしようもない。相川は自らの非力を嘆いた。
『あの、瑠璃と同い年の子にお願いするのは心苦しいけど……もう少し大人になってあげて……』
「俺は技能的に5歳児を上回っていても一般的な情緒は欠落してる。平均すれば確かに5歳児だ。特に対人関係なんかはスキル0。嫌いな奴とは付き合わない。大人になることが妥協することなら俺は一生子どもで良い。」
『でも、そのままずっと瑠璃に抱き着かれてると体痛くないですか……?』
「…………別に。我慢比べとか得意だし。」
妙から見るとやせ我慢にしか見えなかった。
『……瑠璃はそのまま寝ることもあるんですが……特に、私が死んだことのストレスやあなたに嫌われたこと、また泣き疲れたから……』
「あぁもう。面倒臭い……! 泣くな! 邪魔! あっち行け!」
「お友達……やめないでくれる? 一緒居てくれる?」
『瑠璃、そこで引いたら逃げられますよ?』
「! 何かママがダメって言った気が……」
「何でそこだけ通じるんだよ! 巫山戯るなボケが! 塵になれ!」
しばらくして瑠璃が疲れて眠りに入った。だが、それでも逃れられないので相川は瑠璃が起きたら降参することにして押し倒されたまま妙に告げる。
「……7日。初七日が終わるまであなたは裁判を受けながらこことあの世を往復できることになりますので、心残りがないように。」
『……あの、割と昨日までで思いつくことはやり尽くした感があるんですが……それに、触れられないんですよね……?』
「俺は触れますけどね。」
ふよふよ移動して相川に触れる妙。最初は通過したが、相川が手首から先だけ動かして手招きする手へと誘導すると触れることが出来た。
『……温かい……』
「あ、あんまり俺に触れてると霊氣を喰らっちゃうのでご注意を。」
『あ……ハイ。』
この人何なのだろう……と思いつつ妙は離れて瑠璃をじっと見る。涙の跡を顔に着けたまま拭いもしなかった瑠璃は絶対に離さないとばかりに相川にへばりついている。
「さて、ここからどうしよう。……っと、お迎えですね。」
困っていた相川の下に不可思議な存在が舞い降りてきた。即座に臨戦態勢を取る妙を制し、小声で注意すると相川はその存在に声をかける。
「初公判。悪態をついたり攻撃をしたりするとそれも罪に加算されるのでお気をつけて。お疲れ様でーす。」
『あ、どうも。この方は徳が高いので鬼ではなく死神の迎えです。えぇと、こちらの方が今回死んだということでいいですか?』
「あぁ、そうです。身内の方々全員が入院、元気なのはここにいる幼子くらいしかいないので供養の品が少ないですが、その辺りの事情を考慮していただけると助かるかと。」
『あ、これはご丁寧にどうも。葬式も開かれないとあって、倶生神からの簡略な報告では生前の功が結構ある割に周囲には感謝されてないのかなって不審に思いましたが、そう言う事情があったのですか。わかりました。』
妙は何だこの会話と思いつつ押し倒されたままの相川と明るい白骨状態の死神と思わしき存在を見る。死神は相川に続けて尋ねた。
『それでなんですが、こちらの女性は霊氣が多いようですが悪霊堕ちについての説明はされましたか?』
「あ、まだこれからなんですよ。初七日までは行き来が出来ることは告げたんですが。現世の方でやっておいた方が良いですか?」
相川がそう言うと死神は少し考える素振りを見せて何かしらのデータベースを見ながら返す。
『そう、ですね……現在黄泉も武術戦があったおかげで繁忙期なんですよ。できればそちら側でやっていただけると……』
「わかりました。では、こちらでやっておきますね。」
『はい。では……近くの病院で生死の狭間にある方がいらっしゃいますのでそちらの方を見ている間……そうですね、30分後くらいからこちらに伺えますが……』
「あ~……それですと、悪霊堕ちまでだけになりますが、罪の加算法や地獄と天国なんかの説明は……」
『あぁ、それはこっちでやりますので。お気遣いどうもです。』
そこまでの会話で死神の方はデータベースの画面に手を触れて予定を書きいれる。その様子を見ながら相川は世間話のように口を開いた。
「忙しそうですねぇ。」
『いえいえ、これも手当てが付きますから。一家の大黒柱として頑張らないと。それではお願いします。』
死神は苦笑しながら旅立った。それを見送って相川は妙に告げる。
「じゃ、これから死後の話をさせてもらおう。」
『……はい。』
「初七日、秦広庁までは割と現世と近いから戻ってもいいんですが……あ、この時点で天国逝きが確定したら残り42日は天国逝くなり地獄に逝くなりご自由にしてください。」
『し、秦広庁?』
「裁判所です。あの世の最初で、三途の川の前にあるのでそこまでは割と行き来できるんですよ。三途の川を渡った後は手続きが必要になるのでその通りにやって下さい。破ったら悪霊として問答無用で地獄行きです。詳しくはおそらくその場で説明されますが……」
相川はその後30分かけて瑠璃に押し倒されたまま妙にあの世に付いて説明して死神に引き渡した。