鍛錬登山
最初の遅れは相川が戻って来た後の軍隊のような班の動きですぐに取り戻すことが出来た。普通に行ったら1日では終わらない距離なので最短距離を音もなく飛んだり跳ねたりしながら移動している。
「ししょー、そろそろ休憩ありますか?」
「んー……まぁいっかな。流石に疲れるだろうし……」
死に物狂いで相川に付いて来ていた他の人々がその言葉で体を弛緩させる。そんな休憩もつかの間に彼らはすぐに体の疲れを取るために氣を巡らせて回復を開始した。
「お~……1年生、やるねぇ……」
「ひぃっ! ふ、普通です! 僕を解剖しても面白いことは何もないですよ!」
「……しねぇよ……」
褒めたつもりで怯えられて相川は微妙な顔をする。因みにその隣では自分も褒められようとクロエも氣の循環を行うが別に疲れてるわけでもないのに何してるんだろう程度の目で見られただけだった。
「……ふざけんなよ……俺たちが6年間どれだけ頑張ったと……Dクラスの癖に……2年の癖に……!」
「三船くん……」
「俺は御舩山流の直系でAクラスなんだぞ……我流の、こんな胡散臭い……」
何やら雑音が聞こえるが相川は気にしない。そんなものを気にしている暇があったら1年生のことを気にした方が良いし、自分の休憩も大事だ。
「……さて、そろそろ行けそうかな?」
「は、はい……」
「誰が仕切ってんだこの……2年は黙ってろ! 行くぞ!」
先頭を切る六年生、三船。しかししばらくすれば無意識下に移動するスピードの問題で相川の後ろになり、歯噛みしつつ目的地にまで移動していった。
飛騨山脈の麓に相川たちが着く頃にはそれなりの班がその場所に着いて昼食を摂っている頃だった。相川はどう考えてもこの短時間で着くのは頭おかしい。こいつら車よりも速いとか非常識すぎるだろなどと自分のことは棚に上げて班のメンバーを見る。
(ふむ。俺が居ると班の雰囲気を悪くしそうだな……気になることもあるし出て行くかね。)
「じゃあここで俺は一回出ますから。」
「あっ! 私も行くでした!」
一応気を遣ってみた相川の言葉にすぐに反応して同行するクロエ。良い感情か悪い感情かは置いておき誰にも反対されることなく一緒に追い出されて食事の場所を探していると相川は到着していたDクラスに囲まれて端的に告げられた。
「弁当……」
「3個しかないって言ったでしょうに……そんなに来られても困るんですが?」
「仕方ない。奪い合いだぁっ!」
Dクラス上位カーストの少女達が醜い争いを始める。それを見て何事かと駆けつける他のクラスの人たち。それらを尻目に相川とクロエはその場を去った。二人が完全にいなくなってから特Aクラスの2年生の、ある黒髪の美少女がやってくる。
「ねぇ、ボクのお弁当とそれ、交換してくれない?」
本人的にはのこのこと、周囲からすれば風の如き速さと静けさでその場に舞い降りた美少女、瑠璃に争いを始めていた少女たちはその手を止めて訝しげに瑠璃とその手元にある弁当を見る。
「……そんな高そうな物と、これ?」
「うん。ボク、それが欲しい。」
「いやいや、これはそういう物じゃないから……そっちの方が美味しいと思いますよ? 交換してくれるって言うなら交換しますけど……交換してからマズイって捨てられるのも、その……」
「分かったから交換ね? はい。」
瑠璃は特Aクラスに支給されていたAクラスよりも子羊の香草焼き白トリュフソース仕立てを主菜とし、伊勢海老のグラタンなど様々な一品が並ぶそれと相川が適当に作った弁当を交換して元いた班に戻って行く。それをDクラスの面々は不思議な目で見送った。
「ふふ。やったぁ……おにぎりだ。えへ。」
「……? あれ? 瑠璃ちゃんあのお弁当……あげちゃったの?」
「交換してきた。これ美味しいんだよ?」
「……ふ~ん……変わってるね? ちょっと貰っていい?」
グループに戻った瑠璃はAクラスの女子生徒とおにぎりの半分と1等級の小麦を筆頭に厳選された素材で作られたバゲットを交換して食べ合ってみる。そして少女は首を傾げた。
「確かに美味しいけど……まぁ、普通に美味しいって感じ?」
少女はそれで興味をなくしたらしく瑠璃と主に奏楽に関する雑談に移った。それを聞きつつ瑠璃はおにぎりを頬張りつつ微妙に味か、それ以外の何かが違うと何故か内心に寂寥感を覚えるのだった。
そして所変わって、休憩所から離れていた相川たちは勝手に山の方へと進んでいた。
「……ところで、食べる場所を探していて気付いたんだが……」
「どうした、ですか?」
「……流石霊峰というだけあってさぁ。霊氣が豊富なんだよね……特に、ある一点だけ……少々予定から外れるが山籠もりしようかなと思い始めた。……あ、クロエ。俺のやり方だから変だがこの世界で言う神化的な物できるけど山籠もりする?」
「! したいです!」
「じゃあ班の人たちに離脱しますって手紙と休憩地点にいた先生に休学届出して来て。」
「ラジャです!」
すぐさま飛んで行ったクロエ。相川の頭に置いて行こうかという考えが過ったが、場所の特定とそこに行くまでのルートを考えるのに時間が必要なのでその時間まではそこにいることにして地図を鞄から出して広げてみた。
「……ふむ。多分崖だな……誰も入れな……?」
自分だけだと容易に行くことも出来なくはないかと考えながらその中でも比較的楽なルートを模索していると急速に何かが近付いて来る気配がして相川はすぐさま気配を消して近くに隠れ、息を潜めた。
「それで隠れられると思ったか?」
「ぅえ……何でここに……」
「誰かがふざけた申し出をしてきたからな……お前、ふざけるのも大概にしておけよ。」
登場と共に相川を認識し、教育的指導の名の下に頭に拳骨を落としてくるのは小学校最強の教師である権正だった。相川は結構痛いんだけどと恨みながら隠れていた茂みから出て行く。
「……これは破り捨てるぞ? 何が自分探しの旅に出るので1月休学しますだ……あまり大人を舐めるんじゃない。」
「チッ……クロエの阿呆が……よりにもよって何でこの人に渡してやがる……」
「いや、これは俺が六戸先生から貰って来た。あの人は少し生徒に甘い所があるからな……すんなりこんな物を受理しようとしていたから慌てて止めたんだよ。」
(……チッ、六戸なら淫行の現場抑えてあるから操れたのに……)
大人が子どもを甘やかすからつけ上がると憤る権正に相川はそんなことを思いながら冷たい目で周囲に何かないか、どうにか出し抜けないかと周囲を見据える。
そこで恐る恐るこちらを覗いていたクロエと目があった。そこで相川は方針を一転させてクロエの方へと移動する。権正は警戒しながら相川の後ろを追った。
そして次の瞬間。相川が高速でクロエを抱えるとその勢いを殺すことなく山の方へと移動を開始する。
「逃がすか! 捕まえたら特別指導コースだぞ! 楽しみにするがいい!」
「何で俺ばっかり目の仇にするんですかねぇ! 俺、何かしましたか!?」
「大量にやってるだろうが! それより何よりも向上心の方向性がおかしいのが気に入らん! 真面目に取り組め!」
クロエを囮にしたり二手に分かれて判断ミスを誘ったりするも権正には通じない。森の中、不安定な足場で障害物が多いことが幸いして何とか逃れている状態だ。
(さて、逃げ切れるか……)
その頃、相川が元いた班では。
「はっ! 無理してやがったのか。2年の癖に生意気なんだよ! 1年たちはリタイアしないで済むようにちゃんと報告入れろよ?」
「「はい!」」
「それじゃ食休みが終わったらいよいよ登山だ。体力的には問題ないと思うが空気が薄いから結構大変だぞ。異変を感じたらすぐに6年か5年に言えよ~」
元気に遠足を楽しんでいた。