鍛錬遠足
「……毎回毎回、いい加減言うの面倒なんだが……この学校、本っ当に頭おかしいよな?」
「どうしましたですししょー? 明日はたのしー遠足ですよ?」
相川は明日の準備をしながら溜息をついた。それに対し、クロエは内出血して血が表面まで滲むまでトレーニングして、それを筋肉が崩れないようにキツくテープで締め付けて氣を通して回復させる相川のトレーニングに溜息をつきたい気分になりながら息抜きは大事と力説する。
それに対し、相川は体の内部の回復具合を確かめながら返した。
「……遠足はいいんだが……行き先おかしくね? 何で山脈を一日で踏破しようとか考えてるの?」
「3つだけ、ですよ?」
「……大汝山が3000メートルちょっと、雄山も3000ちょっとで富士ノ折立が2999……ここからその場所まで350キロくらい……やっぱり喧嘩売ってるだろ? 新幹線でも用意しろよ……」
「でも、ししょーといっしょ、楽しみデス!」
「……弁当作るの怠いなぁ……」
クロエのアピールは弁当のことだと自動変換されて流されたが一々気にしていても意味はないのでクロエも流して明日に備えるために早く就寝準備をしに部屋を出た。それを見送りつつ相川は血が付着しているテープを見て若干眉を顰める。
「……血の毒化の進行が微妙だなぁ……もう少し早いなら楽しいし、遅いなら遅いでやり様もあるんだが……この微妙な加減よ……取り敢えずこのテープは溶けるようになって来たから新しいタイプのナニカを考えないとねぇ……」
テープから聞こえる異音と変な匂いのする煙を感じながら相川はそう呟いてテープを袋に包んでゴミ箱に捨て、自分も寝る準備を始めた。
その頃、瑠璃はイライラしてベッドを転がっていた。
「……おにぎり、食べたい……明日遠足なのに……! いっつも楽しみにしてたのに! うぅ~っ!」
どうやら大好物が食べられなくてストレスが溜まっているようだ。特に彼女が言うおにぎりは相川の作る物で彼は気が向いた時だけ期間限定とか言いつつ二度と作らない変り種などを製作するので現時点でも結構食べ損ねがあるだろう。それが更なるストレスになる。
「……なんでボクが我慢しないといけないの……! 仁くんがボクとの約束破ったのに……ボク悪いことしてないのにぃ……!」
楽しい遠足という名目でもテンションは上がらない。明日の食事は現地のモノを買うことになるだろうが、言うなれば遠足の朝に親から1000円渡されて昼食は好きにしなさいと言われるようなものだ。
「お父さんも皆も茜音のことばっかり気にするし……ボクのことなんか気にしないで茜音が小学校に受かるかどうかばっかり……あぁもう……! 楽しくない……」
瑠璃はそう言うが、同級生たちは瑠璃に露骨なアプローチをするための話題として茜音のことを言っているだけで瑠璃が主体で気になっている。しかし、瑠璃はそこまで考える暇はなかった。
そんな瑠璃はイライラしている間にいつの間にか疲れて眠りに就くことになる。
「では、縦割り班で分かれて移動を開始しろ。Aクラスには念のためもう一度告げておくがDクラスは貧弱だからな? ちゃんと疲れてないかどうか気にして移動するんだぞ?」
翌朝早朝。生徒指導部長の教員からの言葉があってから班ごとに人々は分かれて行く。相川とクロエは2年と3年ということ、またクロエのドイツ語を理解できる人ということを配慮して同じ班になっていた。
そんな相川の班は1年生のBクラスの男子生徒が2人、2年生に相川とCクラスの女子生徒。3年生がクロエとAクラスの女子生徒。4年生はBクラスの男子生徒と女子生徒で5年生がBクラスの女子生徒とCクラスの男子生徒。そして6年生にDクラスの女子生徒とAクラスの男子生徒となっている。
その誰もが相川から距離を取って不自然なまでに明るく話をしていた。その場に相川が入ると6年生、Aクラスの男子生徒の方が相川を睨んで告げる。
「遅い。これだから……あぁっ!?」
「……時間通りでしょうに……」
「ししょー! 準備万端でした! 行くます!」
何かムカついたので発砲して相川はクロエに抱き着かれつつ移動を開始する。Aクラスの男子生徒は耳たぶから血を流しつつ相川に掴みかかった。
「おい! お前調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「……生憎10歳にも満たない糞ガキでねぇ……特に今日は機嫌が悪いんですよ……はぁ。死ぬ?」
至近距離にある男子生徒の口の中に銃口を捻り込んで威圧する相川。彼の不機嫌な理由はDクラスからの弁当の要請だ。相川とクロエの弁当の残り分として3つ程詰めることになり早起きさせられて不機嫌になっている。しかもお礼という名目で欲しくもない使い古しの肌着を押し付けられて更にムカついた。
尤も、その肌着は肌着で既に弱み握られてるんだしいいやと開き直っているある淫行教師に高値で売ることが出来たが。
それはさておき、現在の相川の背後に近付いているのは別の教師だったりする。
「相川、お前の方こそ遠足しないで職員室……いや、俺のトレーニング室に来たいのか?」
「うわ……先生……マジ嫌です……」
他の班が出発しているのに揉めているらしい相川の班を見て学園最強の教師、権正がやって来て相川の肩にその分厚い掌を置いて笑顔でそう告げ、相川の顔を嫌そうな顔に歪めることに成功した。
「まぁ遠慮はしなくていいぞ……生憎予約でいっぱいだが、休憩時間にでも相手をして他の生徒と稽古中にはトレーニングメニューを与えてやろうじゃないか。」
「結構すぎます。要らないです。皆さん遠足に行きましょうじゃないですか?」
相川が権正の手を振り払って銃をどこかに仕舞うと1年生たちが怯えながらひそひそ声で「アレが相川先輩らしい……」「噂通りヤバそう」「波風立てないようにしないとな」「うん」などと言う会話をした。
それを聞き止めた相川は二人に向かって尋ねる。
「……俺の噂? 何それ。」
「え、えっと……僕らが言ったわけじゃないです!」
「そういうのはいいから。どういう噂なの?」
相川は別に強く言ったつもりはないが、1年生たちにとっては強く感じたらしい。口ごもりながら渋々と言った態で答える。
「……学園で一番危険だって。」
「弱みを見せたら保存されるって。後、人体実験が好きとか、夜な夜な人を殺してるって……」
そんな彼らの言葉に反論したのはクロエだ。
「ししょーに失礼です! ししょーはそこまで危険ないです! たしかに弱みファイル作って遊んでますけど危なくはないデス! じんたいじっけんも、たんにじっけん、好きみたいです。じんたいじっけんだけ好きないです! また、毎晩は人殺してません! 最後に昼間もやってます!」
「クロエさん、ちょっと俺のイメージ悪くなるから止めようか。権正先生が楽しそうに俺を手招きしてるから。つーか何か俺に恨みでもあんの?」
「? ないあります。」
「どっち? ……はぁ。まぁいいや。先生に先に言っておきますけど俺が殺してるのは正当防衛ですからね正当防衛。人体実験だって自分にしてるだけですから。」
「だが、さっきお前は三船の口に銃口を捻じ込んでいただろう? 少しこっちに来なさい。」
「……あれこそ脅迫で殺さないために説得を……はぁ……」
相川の弁明は班の人たちの耳には届かない。権正に手招きされて移動し、相川が自らの正当性を説明するだけでしばらく出発の時刻が遅れた。