学校再開にて
夏祭りの翌日。学校が始まったその朝にDクラスの寮の食堂は朝から大賑わいだった。
「ん~朝からビュッフェ……旅行みたい♡」
「……悔しいけど、美味しい……」
洋風コーナーに並んでいるバゲットで始まりクロワッサン、ロールパン、ハム玉子サンドやハムレタストマトサンドなど多種に渡るミニサンドウィッチが並ぶ中でクレープ生地とホットプレートが準備されている主食コーナー。スープはコンソメとオニオン、ミネストローネにボルシチ。
主菜にウィンナー、角切りベーコンと野菜炒め、スクランブルエッグに鮭とほうれん草、玉葱のグラタンが並び、サラダとして適当に野菜が千切られたりスティックになったり千切りにされたりして並んでいる。
そして和風コーナーの主食はご飯と雑炊。そして豆腐の味噌汁にトッピングとして隣にワカメ、石蓴、薬味ネギ。焼き魚がサケとカラフトシシャモでミニ玉子焼きや鶏肉の甘辛炒めが並んでいる。そしてそれに追随する副食が納豆、タマゴ、ノリ、つくだ煮、ふりかけ、浅漬け、奈良漬、その他漬物に山芋などが並んでいた。
そして朝一番には食欲がない人向けに鮭茶漬けやノリ茶漬けも注文式で受け付けており、ついでにもう少ししたら食べたい人向けにおにぎりも準備し、何となくあるカレーも一定の人気を誇っている。
8時過ぎ、仕込みを終えて二度寝から起きてきた相川が食堂に行くと喧嘩が起きていた。「食べ過ぎ」という声などが聞こえてくる中で相川が朝食を摂ろうと移動したところで気付く。
「……ご飯がない……」
どうやら米騒動らしい。ご飯がなければパンを食べればいいと相川は思ったが、バゲットとロールパンが所在なさ気に少しだけ残っている以外は既になくなっていた。
「嘘だろ? 手伝いに来た奴15人に対して合計で10合炊いたんだぞ……ご飯側に流れまくった訳でもないのに……」
「べちゃってしてなくて固くもないのにしっかりしてて美味しかった。お昼はもっとご飯お願い。」
「……まぁ、うん……」
昼にリメイクする予定だったはずの食材たちが朝の内に消えて行く光景を見ながら相川は普通に金払った方が安かった気もしなくもないと少し後悔しつつ微妙に残ったボルシチたちがタッパーに詰められ、バゲットたちまでが持ち帰られ、昼までしかない学校に持って行かれるのを眺めていた。
そして、学校では朝稽古が終わった後、Dクラスの人たちは他のクラスの人たちの稽古が終わった後の片付けをしてから楽しみにしていた行間での間食だ。因みに朝食から2時間しか経過していない。
そんな中、クロエと一緒に最後の方まで稽古をしていた瑠璃はシャワー室を出てから鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いを感知する。
「……美味しそうな匂いがする……」
「え? おぅ、こぼれてます……? だいじょぶですたよ~」
「ボルシチ……?」
クロエが鞄を覗きこんで大丈夫なことを確認すると瑠璃はそれをじっと見て来る。クロエはそれを胸に抱いて隠した。
「ダメです。私のごはんです。」
「……おにぎり、食べたいなぁ……」
「これは私のです。おにぎり、こーばい、あります!」
「…………知ってるよ。」
そうじゃないんだよ……と僅かに悲しげに肩を落として瑠璃は去り、クロエは一人でボルシチと紫蘇ワカメの混ぜ込みおにぎりという何か組み合わせ的には微妙な感じのする間食を摂った。
その頃の相川は。
(……思いの外、食いやがったな……まぁあれだけ持って行ったんだから昼はそんなに食うまい……やたらとあるそうめんでも処理させるか……)
あと1時間で終わる学校のことよりも帰ってからのことを考えていた。
ということで昼。相川は自宅にはそんなに要らないということで夏の間にもらいまくって増えた30人前くらいはあるそうめんを処理することにした。
種類はまず普通に冷やしそうめん。そしてカレーそうめんにそうめんチャンプルー。ただし、ゴーヤは恐らく人気がないので朝のサラダに使っていたレタスで代用しておく。更に散らしそうめんに温そうめんやひっぱりそうめん。こちらも朝不人気だった山掛けに和風マヨたらこそうめん。担担麺風にしたりそうめん自体を生地にして粉ものを作るなど取り敢えず10品目ほどそうめんで作り上げた。
「……ふむ。これで行けると思うんだが……まぁ足りなくなっても困るし夜にリメイクできる物を昼の内に出しておくか……」
少々懐疑的になりながら相川はそうめん王国にお供として昨日の祭りの揚げ物、焼き鳥で残った豚バラにキャベツを混ぜて塩味ベースで炒めたモノ、昨日の祭りで出された海産物の鍋物を若干リメイクしておく。
「……まぁ食べきれなかったら生ごみ処理箱の中にぶち込んで薬草類の餌にすればいいしな……」
そろそろ昼食の時間なので食道に朝のように並べる相川。そんな相川を手伝いにクロエがやって来て並べ終わって最初に昼食を頂きながら相川に尋ねた。
「ししょーと瑠璃さん、喧嘩したですか?」
「ん? ……遊神と俺が喧嘩……いや、特に喧嘩はしてないが……」
「でも、ししょー呼び方変えてるです。」
相川は別に喧嘩してるわけでもないと考えつつも一応説明しておく。
「まぁ、俺は基本的に嫌われるのが存在意義みたいなもんだからなぁ……普通だね。寧ろ殺しにかかって来ない辺りまだ好かれてる方じゃない? あんな正に寄ってる存在なのに。」
「正……? よくわからないです。私はししょー好きです!」
「……まぁ、ありがと。それと、別に気にしないから損切りしたくなったら俺と距離取っていいよ。変な恩とか感じる必要ないから。」
「損ないです。」
クロエは確認したいことは出来たとそうめんを食べる。そんなクロエを見ながら相川は少々山椒を取りに移動しつつ脳内で呟いた。
(今は、な。日本語を覚えて友達付き合いとかが出来るようになったら邪魔になるだろ。その前にさっさとフェードアウトして自由を謳歌しようかねぇ……)
そんなことを考えている相川に対し、クロエは内心で笑っていた。
(勝った……! いや、気を抜いちゃダメだ。まだ向こうの方が付き合いが長い……最悪、向こうが戻って来たら私は負けるかもしれない……この隙に師匠を私に向かせる。もうあの子のターンは与えない!)
内心がバラバラな二人の下に昼食向けの食堂が開いていることに気付いたDクラスの生徒たちが雪崩れ込み始める。食堂の一角がやたら賑わっているのを周囲も気にして入ってこようとするが止められ、不満気に去る中で昼食もきれいさっぱりなくなり相川の目論みは崩壊した。
「……普通に金払えばよかった……手間を考えなきゃ利益は出るけどさぁ……まぁそもそも祭りの利益を考えたら大幅な利潤超過だが……まぁいい。夕飯が終わったら俺の仕事は終わりだし。」
大量の合挽肉を炒め、ナスが入っている物と豆腐が入っている物に分けて入れ、中華の素に甜麺醤と豆板醤を合わせた調味料を入れてからにんにくと片栗粉を入れつつ相川は汗をぬぐう。
「おっと、エビが揚がったか。エビチリの方も作って……そろそろスープは卵がふんわり固まる温度になったかね? よさそうだ。」
卵を濾しながらスープに回しつつ投入し、固まり過ぎないようにして味をみて胡椒を足し、出来上がったところで皿に移して鍋を洗うと今度はパスタを茹でるために大量の水を沸かす。
その水の中にある程度下味となるように調味料を入れてから麻婆豆腐と麻婆茄子の味をみて深みが足りないと出汁の素を入れて混ぜてから皿に移すと中華鍋を洗ってから空焚きして油をしき、玉ねぎを炒めてからエビチリの準備にかかった。
最早無言で料理を進める相川。持ち込んだ調味料は瓶単位でなくなり、明日からの食生活が若干貧弱になりそうだと憂えた。




