夏祭り
「楽しいねお姉ちゃん。」
「うん……」
瑠璃は幼稚園卒園程度の可愛らしい少女と一緒に夏祭りに参加していた。手を繋ぐ彼女は島から帰って来た時にいた自分の妹らしいが全く以て実感も湧かなければ家族として見ることも出来ない。
しかし、その風貌が瑠璃の母親である妙に似ており、それに遊神の影響からか、小学生並みのかなり大柄な超美少女という彼女は他の人たちから見れば姉妹に見ることが出来るだろう。
そんな二人の後ろを遊神門派の人たちが付いて行く。かなり風変わりな集団だが屋台をやっている側の人たちは動じずに受け入れ、道行く一般人だけが好奇心の目を向けている状態だ。
「タコ焼き喰いてぇ! 買ってくれよ遊神さん!」
「……すまん。金がな……」
微妙に悲惨な一行だが、屋台の人が苦笑しつつ騒がしい子どもを見るとその近くにいる瑠璃を見てぴんと来た顔になる。そして思ったことを呟くと瑠璃たちを手招きして呼ぶ。
「お? ありゃ相川とよくいた……ん~……そこの子たち、相川の友達かい?」
「ん? 何でおっちゃん相川のことを?」
「麻生田、失礼だぞ……」
「アッハッハ、気にしないでいい。相川の友達か……タコ焼き、食いたいかい?」
「食いてぇ! おぅっ!」
失礼だと思った遊神が麻生田の頭を叩いて頭を下げさせる。しかし、屋台の人はあまり気にしていない様子で10個入りのタコ焼きをさっと容器に入れるとソースとマヨネーズ、青のりをまぶして渡してきた。
「む……」
出されたモノは仕方ないと遊神が財布を出すが、屋台の人はそれを手で制して快活に笑う。
「まぁまぁ、相川には……まぁ変な言い方だがいろいろ世話になってるからなぁ。お代は要らんよ。」
「いや、相川くんとは……」
そこまで関係が深いわけでもないと言おうとしてそれを先んじて制し、屋台の親父は尚も笑いながら続けて押し付ける。
「じゃあこれは広告費だ広告費。美味しそうに食べてくれたらお代は要らないってことで。それで明日から始まる学校で相川にお礼でも言ってくれれば企画した相川が次回もやる気を出してくれるだろ。」
「……あいつ、何やってんだ……」
そこまで相川に付いて推され、この祭り自体の企画も暗に相川がしたと告げられて信じられないという顔になる一同だが、やりかねないという微妙な感情も交ざっている。その反応を見てたこ焼き屋の人はもういいから行ってくれと他の客へ接客を始めた。
取り敢えず渡されたタコ焼きを食べることになり、まずは瑠璃から食べ、次に大柄な妹が続くという形になる。一玉が大きく、ソースで誤魔化すだけではなく生地にもこだわりが見れるようで瑠璃は満足気に笑顔になった。
(むふー……流石仁くん! ……じゃない、ボクはあんなのもう知らないんだから! バカだもん! 約束破るし……知らないもん……)
「おいしー! はい奏楽くん!」
「お、おう……」
茜音、瑠璃より大きな妹が喜びながら奏楽にタコ焼きを渡すのを見ながら瑠璃は首を振る。折角楽しかったのに気分が微妙に下がりそうになって無理に元気を出した。
「……お、噂をすればアレ……相川だ。」
「え?」
たこ焼きを食べつつイカ焼きの醤油ダレの匂いに釣られていた麻生田の声に振り替えれば何となく見たことのある人たちが踊っているステージの近くのテーブルに大量の食べ物を擁し、高須とクロエと一緒に相川がいた。
瞬間、瑠璃の妹茜音が動作を停止して虚ろな目をする。
「おっ、オイ……?」
「茜音ちゃん!?」
急な出来事に驚くのは近くにいた奏楽、そして谷和原だ。それを認めた遊神が慌てて揺さぶると茜音は目を擦りつつ動き始める。
「……ん? なぁに……?」
「びっくりしたぁ……急にどうしたんだ?」
動き始めた茜音に言われて気付き、対応が遅れた毛利が声をかけると茜音は自らの華奢な両肩に手を置いていた彼女の父親に両手を差し出しながら眠そうな声を上げる。
「眠い……パパ~おんぶ……」
「……仕方のない奴だ……」
呆れながらもどこか嬉しそうにしている遊神。茜音の様子に驚いたが、もう問題はないだろうと瑠璃が再びステージ下に目を戻すとそこには相川はいなかった。それを見て瑠璃の腑に冷たい液体が流れたように感情が冷たくなる。
(……クロエちゃんとは居る癖に……ボクを見たらどっか行っちゃうんだね。……分かったよ……! もう本当に知らないんだから!)
落胆し、沈みかけた心を怒りで燃やし、高揚させる。後ろにいた面々は瑠璃よりも茜音に関心が向かっており瑠璃の変化には誰も気付かなかった。
「ししょー?」
「相川急にどうしたよ。向こうに遊神さん御一行が居たのに……来た途端に逃げたように見られるぞ?」
「まぁ、それでいいよ別に……あのままだと約一名死んでたからな……元々生きてるかどうか訊かれたら微妙な線なんだが……」
ステージ会場からいなくなった相川たちはステージ裏に来ていた。そこでちょうど踊っていたクラスの女子生徒たちが戻って来て相川と高須、そしてクロエを囲む。
「……何か居心地悪いな。」
「……居心地いいとか言ってたら引くけどね……」
高須が小さく相川に声をかけると相川は苦笑しながらそれに応じる。それに対して女子生徒たちは高須の方を少し警戒したが、捨て置くことにしたらしく、その代表者らしき人物が相川に告げる。
「これで依頼終了だよ。約束、覚えてるよね?」
「あぁ、明日、俺がDクラスの連中の面倒看ればいいんだろ?」
「……Dクラスの参加した女の子! よ。私たちが頑張ったんだから!」
「……まぁ大して手間は変わらんからどっちでもいいんだが……まぁ任された。」
「手抜きは許さないから!」
そう言って立ち去るDクラスの女子生徒たち。それと入れ替わりにして訝しげに別のクラスの参加者たちの一部がやってくる。
「相川くんだっけ? 何かあなたから報酬出るの?」
「……いや、学校側から単位が出る人たちは学校側に行ってくださいね。」
「何よDクラスの癖に……最近調子に乗ってるんじゃないの?」
「おっと、学園外で揉める気ですか? もみ消しは効きませんが?」
「……チッ。」
舌打ちして去っていく別クラスの女子生徒たち。それらを見送ってから高須は相川に尋ねる。
「……何なんだ? 話が見えないんだが……」
「……まぁクロエが3年生の授業の時に散々自慢してたらしくて……じゃあ本当はどうなのか試してみようみたいな感じになってね……」
「ししょーのおべんと、おいしいです。いっぱい言いました。なまいき、言われました。とられたので、たおしました。またなまいき言われていっぱいたおしました。勝った後のご飯はおいしいです。」
クロエの簡潔な状況の背景説明に相川が補足する。
「それで今回の状態になって、仮に不味ければクロエを馬鹿に出来るし、相対的に自己満足に浸れる。噂通りだったらそれはそれで美味しいからいい。みたいな感じらしい。」
「は~……まぁ何か良く分からんが楽しそうだなお前ら。青春してるね。」
「……そうかねぇ?」
微妙に納得いかない顔をしていた相川だがそれはさておきとそろそろイベントも終了し、屋台の終了も近付き始めたことを受けて明日の面倒を看るという準備のために今日の売れ残りの食材などを集め始め、それとは別に仕事の終了のために本部の方へと戻って行った。