夏祭り企画
夏も終わりに近づき、瑠璃は本格的に怒ってもう近付かなくなって学校が始まろうとしている頃。相川の仕事の書類に変な物が入っていた。
「……地域で祭りを開催したい、ねぇ……」
書類は端的に言えば相川の発言の通り、祭りの企画だ。悪化していた治安が改善し、クリーンな街になったことを協賛の企業などへ対外的に示すと同時に地域振興を行い税収を増やそうというのだろう。
「……まぁ儲かるだろうしやってもいいんだけど……期限近すぎない? 馬鹿なの?」
そして変な物という点。それはその企画の開催予定日が来週だということだろう。相川は割と本気で頭おかしいんじゃないかと思った。
「学生の文化祭でももっと時間かけるぞ……舐めてんのかねぇ……」
原案的な物は既に用意されている……が、地域の名物として各店舗の目玉商品の一部を自治体が協賛の企業から貰った寄金で負担することでいつもより安い価格で提供し、人を呼ぶという企画らしい。
ただ、それを通達するのは相川……企画側の仕事とされており、要するに何も伝わっていない状態でいきなり準備しろということだ。そして目玉のイベントや屋台についても考えて欲しいらしい。
その企画予算として100万程投げられている。……つまり、喧嘩を売られているようだ。
「……まぁやるけどさぁ……せめて余裕持って3ヶ月前くらいからは準備したかったね。その辺のシャッター街と化した商店街規模の祭りを想定してるんだろうけど……」
相川は自分の発言、ひいては自治体の思惑を鼻で笑うと無言で立ち上がった。
(俺に任せてそんな適当で済むと思うなよ?)
そう思いつつ。
「おー、偶然だな。よぉ相川。今暇?」
外に出ると幼稚園の時に世話になった高須がいた。それにより相川は一度止まり、その間にクロエが慌てて準備を終えて出てきて合流しつつ高須の下へと移動する。それを見て高須が変な顔をした。
「何だお前……クロエちゃんに手ぇ出したのか。」
「出してねぇよ。後、今は祭りの準備で忙しいけど何か用?」
「何だ。修羅場かと思ったのに……? 何だ祭りって。」
相川は町内の主だった飲食店の人たちに見せるために持って来た自作の要項と自治体からの書類を見せて簡単に高須に説明すると感心された。
「ほー……お前色々やってんだなぁ……まだ10歳にもなってねぇのに。」
「……そうだよな。何で俺こんなことやってんだろ……まぁいいか。取り敢えずそっちは何してんの?」
「俺? ま~……ちょっと色々あってな。口の堅い人手が要るから来た。裏稼業の打ち合わせってね。」
「へー……じゃあ今暇?」
「おう。何だ足でも欲しいのか? 乗ってくか?」
話が早いとばかりに相川とクロエは高須の車に乗って町を回り始めた。その間に相川は学校にメールを出して脅……もとい依頼書を作成してボランティアの単位を1だけ出す短期授業を生み出させる。
そしてそれに参加するようにDクラスにSNSで伝えてから息をつく。
「さ、て、と……問題はこの辺りを占めてるやくざたちだよなぁ……俺のこと嫌いだからね彼ら。」
「ま~若い奴らが真っ当になって人手が奪われてるからなぁ……しかも何かお前の家トラップが張り巡らされてるんだって? 何人か死んだらしいが。」
「……あぁ、あの血はそういう……まぁ最悪木端微塵に爆発する程度には罠まみれだな。」
今年の帰省時には去年よりも多い血痕が残っていたのだが、完全にスルーしていた。因みに隣にいるクロエも慣れた目で普通に掃除を手伝った。
「それに何か銃まで持ち歩いてるとか。」
「あるな。自動小銃くらいは普通に持ってる。」
「それで武術も納めて遊神家と知り合いな上、クロエちゃんの実家とも繋がりがあるとなれば潰すに潰せないからなぁ……嫌われるだろ。」
「ま、いいけどね。今回は自治体と連携してるし、うちの会社の諜報員君が行政とのズブズブな関係について決定的な証拠を押さえてるからそれを種にちょいと手を貸すか手を引くか選んでもらうかね……」
相川の不敵な言葉に高須は小さく呟いた。
「……ま、世の中そんなに甘くないだろうけどなぁ……」
そして日はすぐに流れて当日。
お祭りは盛況だった。各地の名物や何か良く分からないモノも紛れ込んでいるがそれも賑わいとして処理され、夏も終わりに近づく夕暮れ時なのに熱気が大量に放たれている。
「……相川、お前……本当に何したんだ……?」
「え~? お客様のことを考えてぇ、懇切丁寧にぃ、皆さまの為だからってぇ説明したらぁ……納得してくれたぁ~」
「嘘つけ……」
進むのが困難なほどの混み具合にはなっていないが、そこら中に人がいる状態を見て高須は呆れと言うよりも不気味な物を見る目でいちご飴を食べている相川を見下ろす。その隣でクロエが綿飴を食べるのに苦心しており楽しそうだ。
高須本人はアユの塩焼きに焼き鳥と鳥モツ煮。スモークターキーにナスの一本漬け、きゅうりの一本漬けや橋巻きをテーブルの上に置き、ビールを呷りながらイベント会場前の休憩用の椅子に腰かけている。
そして大量に並ぶ食べ物を二人の方に出しながら告げた。
「おら、食え食え。俺はそんなに食えないからな。漬物とこのタコ焼きは俺のだがその他の肉とかお好み焼きとかはお前らのだ。いっぱい食え。」
「おーじゃ、遠慮なく。」
「ありがとーです!」
クロエの笑顔に癒されてもっと何か買ってこようか考えて高須は周囲を見渡し、そしてふと協賛企業の名前が大量に木の札で貼られ、並べられたイベント会場で地方の郷土節をリミックスしてアレンジを加えた最早別物状態で踊っている少女たちに目を向けた。
「……にしても、相川……どっからこんな可愛い子たちを?」
高須がこんな短期間でそれこそ有名人レベルのルックスをしたグループをどうやって招待したのかイベントを企画していた相川に尋ねると相川は直径10センチほどの大玉のタコ焼きのような何かを箸で開きながら答える。
「クラスの奴が大半だな。後は単位に釣られて来た人たち。3日で振付と歌を覚えさせた。」
「……お前の学校どうなってんだよ……まぁお前が通うっていう何か変な納得感はあるんだが……」
勝手に納得する高須。その視線は前で丈を短くした動きやすい着物を着て踊っている少女たちに固定されており、相川は口にソースが付かないように気を付けながら大玉タコ焼きの生地を食べつつ尋ねる。
「……ネタで言ってたつもりなんだけどもしかして本当にロリコンだったりする……?」
「バカ、そういうんじゃねぇよ。これは父性だ父性。」
微妙にヤバいこと言ってる気もするが、確かに自分のことを結構気にかけたりしている辺り面倒見は本当に良い方なのだろう。焼き鳥のもも肉やネギまなどを半分こしているクロエに鳥皮は要らないと押し付けられながら相川はぼんやりと今回の収支を考えた。
(まぁ考えるまでもなく黒字だけどな……面倒なのは明日、Dクラスの連中の面倒を看ることになるという意味不明の……はぁ……)
まぁ儲かったからいいんだけどねと思いつつ相川は遠くで「ウチ蕎麦屋なんだけどわんこ蕎麦より串天とか鳥モツ煮の方が売れてるのか……」などという言葉を聞きながら殆どを自分でプロデュースした屋台の料理を堪能し始めた。