軽い禁忌
「アハハハハハ!」
「ししょー? どうかしたですか?」
「いやぁ……ちょいと面白いことを感知してねぇ……俺の同族、いや……規模は落ちるが俺に似た存在が生み出されてるんだ。この世界に……」
無人島から戻ってきた相川はそう言いつつ笑っていた。理由は、彼が語った通り自分に似た存在がこの世界に生まれたこと。そしてその出生のプロセスだ。面白くて仕方がないと言うことで相川は一ミリも理解できないであろうことを踏まえた上で自宅にいるクロエに説明する。
「いや~……まぁ簡単に言えば俺は自分で自分を生み出した化物なんだが。その構成はこの世の中に存在するべきではないモノ、無ければいいとされる類のモノ、既に存在意義を失ったモノなどの呪いの集合体みたいな物質に俺の思考元である霊体が突如発生して合わさって出来たんだ。因みにその原因とかは流石に分からん。だが、世界の理からすれば予想外の出来事で世界の敵になるのは当然の流れで……おっと話がずれた。」
テンションが高いから饒舌になってしまっていると早口気味な口調を少し抑える意味も兼ねてまだ熱い紅茶の代わりに水を飲んで落ち着いてから話題を元に戻して続ける。
「で、この世界にもそういう存在すべきでない集合、【呪い】と霊体の組み合わせで子どもが出来てるんだよね。マジ受ける。それが昨日、あれだけ人生語ってた遊神さんの父親さんが原因となれば尚更だよ本当に!」
「……何が、おもしろいですか?」
クロエには相川が何故楽しんでいるのかよく分からなかった。それは当然だろう。無人島にあった施設の男子風呂の会話をクロエが知っている方が怖い。
その辺の事情を説明するのは面倒なので伏せて、相川は自分が面白いと思う、一般的にはズレた視点についてのみ言及する。
「あぁ簡単。……活神拳、人を救う題目を掲げておきながら生み出してはいけないモノ、存在してはいけない者の顕現をさせたん。そしてそれは勿論禁忌で大量の被害者を生むだろうね。しかもそれだけじゃなくてそのプロセスに恐らく妙さんを一度受肉させてヤってるから摂理まで歪めてるし。期間的には昨日扉から帰っての短い時間だろうがね……」
「おかしいです! 子ども、もっと時間かかります!」
理解できない部分はさておき、明らかにおかしい部分についての相川の発言に異を唱えるクロエだが、相川は人間では浮かべられないような邪悪な笑みを浮かべて楽しそうに告げる。
「それが面白いんだよ……! 矛盾した存在に、災厄の申し子に思い切った呪いを付けたもんだよ本当に。あ~楽しいね。俺の想像通りの存在なら発生時点ではおよそ5歳程度の肉体に呪いの根源たる思考が埋め込まれてるが……ま、ある程度災厄をまき散らしたら死ぬだろうね。さぁ、何年生きていけるかな?」
「どういう意味デス……?」
相川の口調と表情に訊くのが怖いと思いつつもクロエは尋ねた。それに相川はようやく飲むのに適正な温度になった紅茶を口に運びつつ告げる。
「ま、簡単に言えば呪いと霊体の混合物象は世界的に言えばバグだからね……単純な寿命でも普通にもって13年だ。そしてその人生には基本的に不幸が訪れる。しかも、今回の事象だと不完全な母体に圧倒的に不足している時間を補うために不幸に拍車がかかってる。ま~……碌な人生を歩めんだろうな。そしてその恨みが更なる力に! そん時にどうするかね。」
「可哀想です……どうにかできないですか!」
クロエがそう言うのに対して相川は紅茶を置きながら答える。
「皆を不幸な目に合わせたくないなら殺した方が良い。でも、あの人たちじゃ無理だろうねぇ……甘ちゃんだし、合理的選択が出来なさそう。」
「幸せにしたいです! ししょーならできるです!」
「無理だね。俺の力が強すぎるから近付くだけで相手さんは衰弱するよ。何とかしようと思えば何とかできないこともないがそこまでやる気はない。クック……なぁに、自力じゃどうにもできなくとも限界状況になった時には他人と頑張れば何とかなるらしいから放っておこう。」
相川は暗い笑みを浮かべて嘲笑する。
「いやぁ……ご立派なことを言いながらこの呪いを生み出そうと思ったらどれくらいの犠牲が必要なんだろうねぇ……発生当初から、そしてこれから……後悔すればいいって問題じゃないと思うんだが。それとも、知らないと言う気かな?」
「ぎせー……」
「いやぁ矛盾していて面白い。見ていて飽きないよ。さて、これからが気になるが遊神さんの家とは絶交中だからまぁ放置だね。それより裏は取れたんだし準備しないとね~」
相川はその存在よりも自分には優先してやりたいことがあるとばかりに行動準備を行う。まずはギリギリ適正外の毒レベルにある毒の摂取からだ。相川は紅茶に自家製の甘い毒薬を注ぐと飲み干し、下に入れた瞬間のた打ち回りたくなるような激痛を無理矢理意思の力で食い潰しつつ内臓に流れ落ちて狂ったように痙攣するのを黙って抑え込みつつじっと座る。
「ししょー……」
クロエは脂汗を浮かばせながら痛みを耐えている相川を心配そうに見ながら時計を見、相川に指定されているトレーニングを開始する。その間の姿勢は決められているが視線は口の端から血を流している相川に注がれている。
「ぐっ……ぶふっ……んくっ……」
「さ、3! 4! 5……」
霧状の血を噴き出し、せり上がってくる体液を飲み下す相川。強制的な内功のトレーニングであり、毒物耐性を付けるためのトレーニングでもあるそれは見ていて気分のいいものではない。クロエはこの間相川が倒れないか心配しながら相川の意識が失われないように大声を出す。
クロエが自重でのトレーニングを終えるころになってようやく相川は動き始める。
「ふぅ……あ~まぁこんなもんか……結構強めの毒になってきたなぁ……そろそろ魔力ナシの自作じゃ厳しいレベルだわ……毒を喰うのはいいけど不味い毒は喰いたくねぇし……ん~どうしよっかなぁ……」
「毒トレーニング、止めたらどうです……?」
「いや、普通に内功鍛えるのより手っ取り早いし毒物耐性も出来て一石二鳥だし……それに新しい発見もあるしな。フグの肝も慣れれば舌が少しピリピリするくらいで済むようになって逆にアクセントが効いて美味しいくいただけるとか……トリカブトは割と甘くいただけるとか……」
聞いているクロエの心臓の方に悪いようなことを言いながら相川はお手製の植物猛毒を煮詰めた糖蜜が入った瓶に蓋を付けると自らの服のどこかにあるギミックに収納し、席を立つ。
「さぁて……氣を通して治さねば明日辺りに胃に穴が開いて自分の胃酸で体やられかねないから俺は一回昼寝する。家に誰か来ても入れんなよ。」
「はいです……」
自室に戻って行く相川の後姿を見送りながらクロエは一人、器具を使ってトレーニングを続ける。本来であれば危険で補助を付けるべきものでも相川の改造によって補助がなくても命に危険はないように設定されているので特に問題意識もなくできるのだ。
そのため、トレーニングをしていても多少別のことに意識を向けることが出来る。例えば、家の外にある隠された気配などについても。
(……喧嘩、したのかな? 絶交って……昨日から瑠璃さんがうろうろしては何か怒るかのように氣を荒げて家に帰ってるけど……)
次第に消えて行くその気配や様々なことを考えながらクロエは時計の針が鳴り響くだけのトレーニングルームで特訓を続けた。