相川と奏楽
「相川!」
「ん? おっと。」
深夜。大浴場を巡る攻防にて防衛組が勝利を収めていた宿泊施設に、扉のある島の調査を終えて戻って来た相川はいきなり奏楽から襲撃を受けてそれを躱した。
「何だ? おやすみの挨拶にしては随分ご丁寧な挨拶だが……」
「説明しろ。何でお前を追いかけていた瑠璃が泣きながら帰って来たのか。」
「……それ訊きたいなら口で言えよ。殴る必要性はどこにあった。」
相川は呆れながらそう返すが奏楽は敵愾心の籠った視線をこちらに向けつつ口先だけで謝罪するだけに留まり質問に答えるように促す。そこまで襲撃については気にしていない相川は少し考えて返答した。
「で、遊神さんが泣いていた理由ねぇ……んーまぁ端的に言えば俺がこの世界から出て行くと言ったからだと思う。それ以外に俺は特に何もしてない。」
「……何を言ってるんだお前……頭大丈夫か? それとも話をはぐらかそうとでもしてるのか?」
事実を言ってるのだが、恐らく信じてもらえないだろうなとは思っていたので似たような事例として別のことを言ってみた。
「まぁ10年後遊神さんが知らない場所に引っ越すと言う旨を伝えたら『相川は私の便利くんのくせに勝手に持ち主から離れるなんて生意気だ。気に入らん。絶交!』って宣言された感じをなんかもっと当たり障り良くしたら多分さっきまでの会話を大体カバーしてると思う。」
「瑠璃はそんなに性格悪くない。だが……そうか……お前、いなくなるのか。じゃあ瑠璃が泣いてるのも分からなくはない、か……」
曲解を招く表現があったが華麗にスルーした奏楽。しかし、相川の方は本当にこんな感じで受け取っているのでここに悪意など全く介在していない。
「でも、それなら何で瑠璃の方から絶交って……」
「『あたいの側に居られるという光栄さの価値が分からん奴は死ね!』とでも思ってるんじゃね? 知らんけどな。」
「お前は瑠璃のことを何だと思ってるんだ……」
相川に呆れつつもどこかそれをプラスの感情を抱いている気がする奏楽。相川は魔力を使うことで想像以上に疲れ、ついでに先日貯めた魔力もかなり消耗してしまったのでさっさと眠りたいとこれで用件が終わりか尋ねた。それに奏楽は頷く。
「あぁ……悪かったな。引っ越すのはお前の自由だし、お前に非はないのにいきなり殴りかかって。」
「全くだな。これで満足したなら俺はもう寝る。」
「いや……そうか。まぁ、じゃあな。」
欠伸交じりにそう言った相川に奏楽はそう言って見送ろうとした。しかし、相川が急に険しい顔をして立ち止まる。
(……何だ? 変なのが生み出されてる……この世界にあるまじき気配が……)
「どうした?」
「……いや、風呂に入るの忘れてたってな……」
「おぉ、そうか……そう言えば俺もだ。一緒に行こう。」
適当に誤魔化したら乗って来られて相川は微妙に迷惑な顔をする。相川的に風呂は一人でゆっくり入る物だが、今はそれよりも気になることがあるので適当に流しながら移動を共にした。
(……負の根源の使用……俺と似たような魔素の使い方に……霊氣とかいうこの世界の混じりモノの力が合わさって扉の付近で何か変なモノが……いや、死者の蘇生に近い何かが……ふむ。まぁこの気配的な使い方を見るなら問答無用で消せるか……取り敢えず放置で。)
疲れている状態でもわかる程杜撰な防御陣に穴だらけの魔術式構文。それに濃密な霊氣を宿そうとしているので短時間の崩壊は確実だ。相川は放置することに決めた。その間に二人は脱衣所に到着し、揃って浴場入り。
そして並んでシャワーを浴び始めた。相川は付いて来るなよと思ったが、思考の殆どは先程の妙な気配への考察に向いておりそこまで気にすることなく速攻で全身を洗う。
「……にしても、不思議な気分だな。俺はお前のことなんか嫌いだったのに居なくなると聞くと微妙な感じがする……」
「そう。」
「……そういう他人に興味ないですみたいなスカした態度とか、舐めたトレーニングですぐ強くなるところとかがムカつく要因だ。お前別の所に行ってもそれじゃ嫌われるからな?」
「まぁ元々嫌われ者だしな。」
別に他人に何と思われようとも知ったことではないのだが、風呂に入ってまで言われる筋合いもないと思いつつ身体を流しつつ話題も流す。
「そういう問題じゃないぞ。今は努力した分だけ成長できてるし、自分の力で何とでもなるかもしれないが、将来は絶対自分だけじゃ出来ないことがある。そういう時に困るのはお前なんだぞ?」
「なーんで俺が風呂に入ってる時にまで説教されなきゃならんのだ……」
「遊神さんの受け売りだけどね。人は必ず限界状況を迎える。そしてその壁にぶつかった時は必ず後悔するんだってさ。後悔のない薄っぺらい人生なんて生きるんじゃないって座学の時に言われてた。だから相川はもっと周りを見た方が良い。将来、大人になった時に体だけ大きくなっても精神が……」
奏楽の言葉に相川は溜息をついた。
「知るか。俺は俺の思うように生きる。」
「無理だって。あの遊神さんでも頑張ってもどうしようもないことがあるんだぞ? 努力は報われないことの方が多いんだ。でも、その無駄な努力こそがその人の人生に深みを……」
「……はぁ……まず前提からして俺は人間じゃない……それにどうでもいいんだけどさぁ……」
相川はいい加減耳障りなBGMを黙らせることにした。
「はぁ……お前は俺じゃない。だからお前の思想を俺に突き付けても無駄。俺は自分が考えられるあらゆる手段を以てもどうにもできない事実があったら避ける。」
「子どもだなぁ……そんなんじゃ成長できないぞ。」
「出来ないことに延々と固執するほど学習できない頭はしてないんでね。サンクコストを踏まえて代替案を探す程度の合理的な知的生命体をやってる。」
奏楽は微妙に相川の言っている言葉が理解できなかったが自分が言ってることも理解できないなんて子どもだなと少し笑った。それを見て相川はおそらくこれ以上奏楽は壁云々の話はしないだろうと判断して別の話題も潰しにかかる。
「で、努力は報われないねぇ……どうやれば報われるように考え、方向性を模索しながら頑張るのを努力というのであって頭使わずに言う通りに頑張るのは作業だろ……」
「考えて頑張っても報われないことの方が多いんだよ。言ってる意味も分かんないか?」
「……段階を踏むって考えはないのか? 何で一遍に全部やる気なの? 0か1しかないなら報われる報われないで済むが……達成率で考えろよ……」
「それでも出来なかったら無駄だろ。」
「無駄と思うのは自分だろ。ある程度形にしたならそれを材料にして次に何をするのか考えるのが努力の継続であって、出来なかったら無駄だと諦めて『あの時こうすればよかった』とか後悔するだけで片付けるのは怠惰極まりないね……」
そこまで言ってから相川は8歳児に何を言ってるんだろうと寝惚け半分だった頭を我に返らせてさっさと上がって寝ることにした。
「……やっぱり俺はお前嫌いだな。」
「まぁだろうな。お前は俺じゃないのと同様で俺もお前じゃない。俺の考えはお前には受け入れがたいだろうし……俺がお前に好かれようと思ってないから当然だ……」
そう言ってから相川は風呂から上がりコーヒー牛乳もないこの大浴場と言う名だけの施設に微妙に心を荒らされながら部屋に戻って寝、翌日の朝にはこの島を後にした。