進級
春休みも終わり、相川たちは2年生に進級した。学期初めのクラス分けは相変わらずで、瑠璃が恨めしそうな目で相川を見たり。殆どの学校行事に対して今度はもう単位にならないからと相川がやる気を見せずに遊神一門から反感を買ったり。クロエが単位取得のために忙しなく動き回ったりしながら時が流れ……
相川たちは無人島に居た。
「……この学校頭おかしいよな。今更だが……」
「そう? 山籠もりとか、無人島とか普通だよ? ここだとお家まであるし快適な方じゃない?」
「……おかしいのはお前らか。」
「お前が軟弱なだけだろ……宿泊施設まで着いて1泊2日なんてピクニックみたいなものだろ……」
相川、瑠璃、奏楽、そしてDクラスの女子生徒が同じ班で行動している中での会話だ。因みに発言の順番は相川、瑠璃、相川、奏楽となっている。
相川がこれが普通なのかと視線をもう一人のDクラスの生徒、名前を多々良という奏楽たちの存在感に押されて終始無言になっている少女に向けると彼女も頷いていた。
「……俺がおかしいのか、俺以外がおかしいのか……」
「ん~……流石に仁くんが普通とは……」
「お前がおかしい。」
「ちょっと、変わってますしね……」
多数決により相川の意見は異端扱いされた。性格や行動に関しては妥当かも知れないが、今回の意見に関しては彼の方が至極真っ当だったのだがそれはなかったことにされたようだ。
「まぁそれはさておき、食料探さないとな。何食べる?」
「仁くんは何食べたいの?」
「俺はちょっと海の方に用事があるからその辺に生息してる奴がいいが……奏楽は?」
「……そうだな。獣を一応狩っておいて、夕食の準備をしつつ昼食のために魚を取るのがいいかな。獣は血抜きとか下準備がそれなりに必要だし……」
大きな動物はいないだろうが、小動物はいるだろうと推測して血抜きから解体までの作業に肉質の変化までの時間も踏まえて考え、すぐ食べる物として魚を、しっかり食べたい物として獣を夕飯に奏楽は提案した。相川も特に異論はない。
「じゃあ2つに分かれるか……俺が海として……」
「ボクも海行く!」
「いや……だが……そう、だな……」
瑠璃の挙手に心情的に嫌な思いをする奏楽だが、AクラスとDクラスの戦力配分。また、相川と奏楽の相性などを考えるに理屈としては瑠璃が正しいと頷かざるを得ない。
奏楽は相川を睨みながら小声で告げる。
「瑠璃に手を出すなよ……」
「はぁ……んな暇ないわボケが……」
「一言多いんだよ……! 分かってるならいい。多々良さん行こうか。」
「は、はい!」
殆ど空気になっている多々良を引き連れて奏楽は森の方へと移動し、相川と瑠璃は海へと向かった。
「? そっち、遠いよ? こっちの方が海近いよー?」
「そっちに用はない。俺の用件はこっちの方向にある……」
「迷子になってないならいいけど……」
考えていた進行方向とは異なる場所へ向かう相川に訝しみながら付いて行く瑠璃。その動きを見て相川は少し止まった。
「何? どしたの?」
「……あんた、動きがおかしいが?」
相川の指摘に瑠璃は一瞬喜んでその後妙に神妙な顔つきになって頷く。
「そーなの。ちょっと前にね、風邪ひいちゃって疲れちゃってるのか知らないけど……何か動き辛くて……やっぱりお医者さんだとわかるの? 奏楽君とか稽古してても気付かなかったけど。」
相川は無言で瑠璃の脚を注視する。
「痛いとか感覚が変とかは?」
「特にないかなぁ……ちょっと疲れてるけど……」
「……風邪っていつかかった?」
「先週。」
「お腹痛いとかは?」
「あったけど、治ったよ?」
いっぱい心配してくれるなぁ……と瑠璃は変な嬉しさを感じているが、相川の方はどんどん顔つきが険しくなっている。
「……この世界、氣とかいう訳のわからんものがあるから診断がやり辛い……邪魔くさいな。瑠璃、一回氣を抜くことってできる?」
「え……怖いよそんなの……」
氣を抜くと言うことは襲われたら死ぬということを意味すると教え込まれている瑠璃は野外、ましてや他にも多くの人がいると分かっている状態で氣を抜くなどしたくないと抵抗を示す。
それに対して相川が真顔で告げた。
「何があっても俺が何とかするから。早く。」
「ぅ……は、はい。ん……」
変な緊張をしつつ自分でもびっくりするほどドキドキしながら相川の言う通りにすると急に眩暈がしたのか両足に力が入らずに倒れ始める。相川はその前に抱きとめた。
「……ギラン・バレー症候群の恐れがあるかもしれないんだよなぁ……流石にここに治療道具は持って来てないから分からないが……いや、まだ全然わからないけどさぁ……大体半神化って何だよ……ナチュラルに直腸がおかしいから診断が……」
「ね、ねぇ……ボクどうしちゃったの? 氣戻していい? 怖いよ……」
「まぁ一回愚痴は置いておくか……」
相川の言葉で瑠璃は全身に氣を通し直して立ち上がり、どういうことなのかと相川を見る。相川は顎に人差し指を当てて考えていた。
「ん~どうしよっかなぁ……まぁ検査は早急に行う必要があるんだが……筋電図検査できる設備もなければ末梢神経伝導検査もできない。血液検査も精密性に欠ける状態で当然、髄膜炎の検査なんてねぇ……まぁ今から行くところで魔素使えばできるんだけど……」
「瑠璃、死んじゃったりしない? 大丈夫?」
不安で泣きそうになっている瑠璃を見て相川は落ち着かせるように頭を撫で、一瞬「死ぬね。ドンマイ諦めろ。」と笑顔で告げてやろうかと頭に過るがそれはやめて穏やかに告げる。
「ま、何とかするよ。メチルプレドニゾロンも免疫グロブリンもステロイドもないけど代わりに魔素があるからねぇ……あ~魔術って便利! はい瑠璃も言ってみよう。」
「ま、魔術って便利!」
(は~さっさとこんな魔素を探すために苦労するような世界から出たいねぇ……白外法とか知ってても知らない奴を馬鹿にするため以外に使う日が来るとは思わなかったよ……つーか間違えてたら笑うね……)
「ね、ねぇ……ボクどうしたらいいの? 動けなくなるのやだぁ!」
「治すって言ってんだろ。あ、代金出せとは言わんが……ちょっとした実験に付き合ってもらうぞ?」
「だ、だいじょーぶなの? それ……」
「……まぁ最悪死んでも何とかするから大丈夫だ。魔素があるって知ってたら魔核ももっと有効活用できてたんだけどねぇ……」
「死んじゃったら大丈夫じゃないよ!?」
不安や恐怖から騒ぐ瑠璃を問答無用で抱え上げて相川は目的地に移動し始める。
「もっと丁寧に抱っこしてよ! おんぶでもいい!」
「……図々しいな……まぁ一応現在のところ病人だからいいけど……さて……」
「えへー……じゃないよ! 大丈夫なの本当に!?」
「信じないなら放置する。因みに放置した場合は……まぁ最悪死ぬな。瑠璃にも解り易く言うなら麻痺が息する筋肉まで言って息出来なくなって死ぬ。」
淡々と言われて瑠璃は相川の背中で黙った。そして相川の服を掴むと泣き声で懇願する。
「仁くん……お願いします。助けて……!」
「さっきから治すって言ってるんだけど。」
実験失敗で死んだら海に埋めようと碌でもないことを考えつつ相川たちは海に向かって移動を続けた。