対策
瑠璃の下に戻って来た妙はすぐに現状を示す長文と図を描いて瑠璃に見せた。瑠璃には不気味に浮いているようにしか見えないがそれを見て首を傾げる。
「……何でボクが奏楽くんと一緒の方が良いって仁くんが言ってるの?」
『よく分からないけど、そもそも相手にされてないという感じが……けど、それをそのまま書くと瑠璃が可哀想だからどうしましょう……』
「……ボクが奏楽くんと仲良くしてるから仁くんはもういいってボクじゃなくてクロエちゃんと仲良くするの? 何で? ボクみんなとなかよしになりたいし、みんなで遊びたいよ?」
瑠璃には相川の考えていることが良く分からない。いや、彼女は自分が何を考えているのかもよく分からなくなり始めていた。
「ボクは……皆で……」
脳裏に蘇るのは皆で遊ぼうと言った時に相川だけそれを拒否した言葉。あの日考えないようにしていたことが頭の中を巡る。
「……仁くん、ボクのお友達だよね……? 仲良し……」
妙は相川が瑠璃のことなど知りあい程度にしか考えていないことは伏せておく。しかし、それを知っている状態で不安になって泣きそうになっている瑠璃を見ると胸が痛んだ。
そこで再び紙を持って来てテキストを描き始める。内容は相川ともっと仲良くなろうというプロジェクトだ。瑠璃はすぐに食いついた。
「仲良くなれるの? ボク、前ママに教えてもらったちゅーしたけど嫌そうにされたよ?」
『……やることはしっかりとやっておきながらなんですかねあの子は……!』
妙は笑顔のままペンを握り潰した。地面に落下するそれとは別に替えのペンを持って来てからポイントから書いて行く。
「好きと言うより言わせよう? ……ほぇ~」
(そう……好き好き言っている間はえてして引かれてしまうものなのよ瑠璃。ふとした時にこちらのことを気にするようになれば後はあなたの可愛さならもうどうにでもできる……はず。)
興味津々の瑠璃を見ながら妙は別に豊富という訳でもない恋愛のテクニックを書いて行く。彼女も瑠璃と同様に非っ常に顔が良かった上、言い寄ってくる相手の中から選ぶ方の立場だったのでそこまで上手くないがそれでも瑠璃のためにと考えられるモノを書き綴る。
(本当は……本当は、私が実際に教えてあげたかったのだけどね……)
それも出来ない寂寥感を覚えつつもせめてこれからの娘の人生がいいものになれるように手助けをしていく。しかし、妙には微妙に困っている点があった。
(……今は、瑠璃のお眼鏡に適うのが相川くんしかいないみたいだけど……どうなのかしら? 将来的に彼は大丈夫なのかしら……? もっと良い相手もいると思うのだけど……)
瑠璃は遊神と同じでこうと決めたら一直線という性格をしているように見えるが、妙としては相川は微妙な相手だ。瑠璃がそこまで頑張って求める相手のような気がしない。
気付けば手は止まっていた。
「ママー……?」
瑠璃が既に書き上げられた紙から顔を上げてペンの方を見ている。妙は一度紙に待っていてほしいと書いてから再び相川の方へと移動していった。
『相川くん。もし、仮に瑠璃があなたのことを好きだと言ったらどうしますか?』
まず、妙は直球で相川の反応を見る。しかし、相川は読書をしているので妙のことなど無視した。しつこい妙に相川も仕方なく顔を上げて質問に応じる。
「瑠璃が、俺のことを好きと?」
『はい。あくまで仮定のことですが……』
「まぁ現実にはありえないし……そうですねぇ。奏楽の前のシミュレーションといったところですか? それなら多分あいつも瑠璃のこと好きそうだから余裕で付き合えると思いますけど?」
妙は黙った。視線を落として考え事をしていると相川の体が目に入り、少し驚いて尋ねる。
『あの、先程の戦闘で使った部分は大丈夫……?』
「さっきまでかなり痛かったですが? 今は大体大丈夫になったところですよ。」
妙は相川の回復力に驚いた。妙としてはこの部分を鍛えれば相手が自分より強い場合の戦闘時に使えると言うヒント的なことを残すために翌日に筋肉痛が残る程度に使ったはずだが、それがもう治ろうとしている。
(……神化、してるわこの子……身体能力は全然足りないのに……これは大丈夫なのかしら……?)
この年ながら瑠璃と同じく半神化はしているのだろうと予測していたが、ここまでとなると軽く寒気を感じる。しかし、そうなると肉体の脆さが際立って来た。神化しているのにもかかわらず、あの程度の力と言うのはどういうことなのだろう。
「で、質問は終わりですか? なら読書に戻りますが。」
色々考えている所に相川が口を開くと妙は我に返る。
『……そう、ね……あの、瑠璃のこと、気にかけてあげて? あの子本当はすっごく寂しがり屋だから……』
「あぁ大丈夫ですよ。彼女にはたくさんお友達がいるらしいので俺なんて要らないです。もう約束は果たしてますから。」
『大丈夫じゃ、ないからお願いしてるの……』
妙は納得いかないように言葉尻を濁す。相川はそれを見て少しだけイラッと来た。
(死人の癖にごちゃごちゃうっさいなぁ……あんたらが勝手に変なことして死んだから寂しがってんだろうに。俺に責任を押し付けないで欲しいね。)
多少イラッと来た相川だが、大量の蔵書を貰っているので我慢する。その内、瑠璃が一人で暇になったので相川の下へととてとてやって来て邪魔にならないように近くで大人しく座った。
『……可愛い……』
「娘自慢なら余所でやってくれ……」
「……おしゃべりしていい?」
相川が口を開いたので瑠璃も喋っていいのかと口を開いて相川の方へと寄ってくる。そんな彼女を見て相川は妙を少しだけ見て瑠璃に尋ねる。
「瑠璃は別に今寂しくないよな?」
「え? あ、うん……」
ほら見ろとばかりに妙に視線を戻す相川。それを見て瑠璃は妙が心配して天国に行けていないのだろうと判断し、大袈裟なまでに宣言した。
「大丈夫だよ。瑠璃、お友達もたくさんいるから。もう今は寂しくないよ?」
『……ダメよ瑠璃……相川くんが、間違った考えを固めるから……!』
相川が瑠璃の続く言葉を聞いて勝ち誇った顔をする中で瑠璃の小さな拳が震えて相川の袖を引いていることに注目し、悲しげに目を伏せて首を振る妙。相川は半分くらい既に本の方へと意識が向いており殆ど言葉を聞いていない。
「ボク、今は皆いるから大丈夫だよ。時々、ひと……」
此処で瑠璃は先程、妙から貰った恋愛教本を思い出し、本の隙間から文字を眺めている状態の相川の方を少しだけ見て妙がいると思われる方向を向き、言い直す。
「……好きな人がイジワルして遊んでくれない時とか、会ってもくれない時に寂しいと思ってることもあるかもしれないけど……でも、一緒に居ればすぐ元気になれるからね? 大丈夫だよ?」
「大丈夫だってよ。もういいでしょ? 本読んでいいですかね?」
『なにも大丈夫じゃないのよ……でも……』
妙は悩む。瑠璃の感情を優先すればここで相川にそれとなく瑠璃の内心を教え、誤りを正しておくことが望ましいだろう。しかし、妙から見て相川はダメだ。瑠璃の相手としてはかなり危うい存在で、出来れば瑠璃に深入りさせたくない。
そして彼女は逡巡し、間違いを正すこともなく沈黙を保つことを選んだ。