質疑応答
遊神邸。
盆になり故人を偲ぶために一同が会す場所で勢いよく襖が開いた。誰も感知していなかったその存在を認めて最初に立ち上がったのは瑠璃だ。
「仁くん!」
「……瑠璃、ごめんね? 今からちょっと見せられないことするから……あら?」
「「「「「!?」」」」」
いきなりの乱入者の声に更に全員が驚き、固まる。それに対して相川が自分の体を使っている妙に心内でメッセージを送る。
『あー言霊って言うくらい霊と音は関係あるみたいだから貸してる間は妙さんの声だよ。』
「そうなの……まぁいいわ。あまり時間がないからさっさと済ませましょう。」
ぶつぶつ呟く妙に遊神が顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「貴様! 妙の声を使い死者を冒涜する気がぁっ!」
「「「「「!?」」」」」」
立ち上がった遊神がいきなり庭に飛び出して受け身も取らずに自ら地面に叩きつけられる。それを見て更に驚く一同。そしてそれらを意にも介さずにゆらりと進む相川(妙)。
「……お仕置きの時間よ。」
「ママだ! すっごい! 似てるよ仁くん!」
妙の決め台詞的な物らしい。瑠璃が喜んでいる。それを呟くと同時に重力を感じさせない動きで相川は飛翔し、庭に飛び出て遊神と対峙する。
この時点で一連の動作を見ていた相川は自分の体のことを心配し始めた。しかし、庭に自ら飛んだ相手は待ってくれない。
「お仕置きの時間だと……? 何を言ってる。躾の時間だ! そこに直れ!」
気付けば目の前に来ていたと思えるほどの挙動の速さで動いていた遊神。それに対し相川は半身を入れて思いっきり出足を蹴り飛ばすとその勢いのままその蹴り出した脚を軸に体を一回転させて逆の足で顎を狙って蹴りを入れる。
「ぬぅっ!?」
「嘘だろ……」
蹴りは避けたものの同時に突き出されていた突きからの徹しには気付かずにもろに喰らい体勢を崩す遊神。それを見て思わずと言った態で麻生田父が声を漏らしていた。
彼には現在行われた挙動以外の全ての動作と気当たり、そしてフェイントなどが見えているのだ。相川の動きは麻生田の、いやこの場にいる大人たちの常軌を遥かに逸していた。
「お、おのれ……小癪な……」
「浮気したら許さないと言っておいたはずです……よりにもよって誰の妹に色目を使ってるんですか?」
「い、色目など使っているか! のぶぉっ!」
動揺した瞬間に相川は瞬動して遊神に突きを入れて緩んだ筋肉と筋肉の間に更に貫手を入れ、それを掴み強制的に肉離れを起こさせようとする。
「こ、このガキ……!」
「……相川くん。これで通らないのは師範代としては少し握力が足りないかと……【百手真空投げ】」
(……別に師範代になろうとか思ったことないんだけどね……)
掴み取れなかったことで相川に勝手に溜息をついた妙はコケにされて怒り迫り来る遊神の力を触れもせずに行動を先んじて制することで動作をコントロールし、池の中に投げ飛ばし口を開く。
「……頭を冷やして反省してください。」
そう言って踵を返し、瑠璃を抱えて軽々と屋根まで跳躍する相川。この間約1分にも満たない高速展開にようやく処理が追いつき始めた周囲の面々と池から飛び出て来た遊神を置いて相川は塀を越えると気配を幾つかの方向に飛ばして全て消し、誰にも追跡できないように消えて行った。
「……で、クロエが置いて行かれたんだが……迎えに行こうにもちょっと今からあの家に行くのは無理そうだし……」
『ご、ごめんなさいね……?』
「仁くん凄いね~瑠璃ビックリしちゃった!」
「……さっきのは俺じゃないけどな。」
道とも呼べない場所を飛んだり跳ねたりして移動し、瑠璃と相川は妙の言う秘術の書がある場所へ到着した。元に戻った時に相川の体の一部がかなり傷んでいること、そしてクロエが一人で遊神邸に取り残されたことを除けば特に問題はないだろう。
『さて……ちょっと私は瑠璃にお話があるのでその間、あちらの書斎にある本を読んでいただければ……』
「……話せるの?」
『念動力。扱えるようになりましたから……』
「ひっ! 仁くん! 何かペンが勝手に動き出したよ!?」
妙が霊体でペンを動かしている状態を霊的な物が見えない瑠璃は怯えながら相川に飛びつき、相川はそれに微妙にダメージを受けて顔を顰める。
「……妙さんが盆だから戻って来てるんだよ。さっきまでは俺に憑依してたが今は瑠璃に質問があるから何か書いてる。俺はその間指導書を読みに行くからじゃあね。」
瑠璃を振り落して別室へと移動する相川。瑠璃は恐々としながら紙片に連ねられた質問を横から読んでみる。
(ママ、瑠璃が心配で天国から戻って来ちゃったのかな……? もっと頑張らないと……)
そんなことを考える健気な瑠璃。ペンが止まったところで瑠璃は質問に答えて行く。
まず、最近どうなのか。学校は楽しいかどうかについて。
「学校は楽しいよ……? お友達も少し増えたよ。でも……何でもない……」
心配させたくないので口ごもる瑠璃。それを見て妙は敏感にやはり何かありそうだと確信する。そして次の質問だ。好きな人は出来たかどうか。これについては瑠璃は何でこんなことを訊くのだろうと言う顔で答える。
「ボク、ずっと仁くんが好きだよ? ママ知ってるよね?」
その答えを聞いて妙はすぐにペンを走らせる。奏楽との関係性についてだ。瑠璃は可愛らしく小首を傾げて答える。
「奏楽くんはお友達だよ? 最近イジワルしなくなって優しくしてくれるの。……? 仁くんとどっちが好きって……それは普通に仁くんだよ? 何で?」
『……通じてないのよ瑠璃……どうしましょ……あまり口出しするのはアレだし……』
妙は困りながら続いて相川の隣にいる金髪の少女、クロエについて訊いてみる。瑠璃の顔が一瞬だけ険しくなったのを妙は見逃さない。
「…………あんまり好きじゃない……」
それは相川に関連するのかと妙は尋ねる。瑠璃は首肯し、呟いた。
「ボクのなのに……勝手に盗るんだもん……しかも仁くんクロエちゃんばっかり構うの。ズルいよね?」
ペンを走らせて共感しておいて軽く慰めてから妙は頷く。
『……成程。すれ違ってるのね……相川くんの方はどうなのかしら……?』
すぐさま行動に移した妙。相川は何から手を付けるか悩んでいるようでまだ読書を開始していないようだった。
『相川くん。瑠璃のことをどう思ってますか?』
「……何ですか急に? 瑠璃のことを何だと思ってるかって?」
本棚の方から振り返って答える相川に妙は頷く。相川は端的に答えた。
「知り合いですが?」
『……そうじゃなくて、その……え? 知り合いというだけ……?』
「他に何か?」
『可愛いとか、気になるとか……』
「まぁ可愛いとは思いますよ。この国で俺が見てきた範囲内では一番可愛いんじゃないですかね?」
事実を述べているだけで特に関心なさそうな口調の相川に妙は困る。そんな妙に相川はどの本から読めばいいか訊き返し、本を探し始める。
『そ、そうだ。もし、奏楽くんと瑠璃が付き合うとしたらどう思いますか?』
「さっきその話してたんですか。やっとくっ付くかって思いますね。お似合いだと。おっ。あったが……これですか?」
『違いますよ? 仮定の話ですから特に意味は「さっき言ってた本はこれで合ってるんですか?」……本はそれで合ってますが……』
瑠璃の話には特に興味を示さない相川。それどころか変な方向に拗らせているように見える状態に妙はすぐに瑠璃の方へと戻って行った。