盆
夏休みが来た。
単位をしっかり取ることに成功した面々と一緒にクロエも頑張った。クロエの取得単位数は2年生にしては少ない単位だが、夏季集中単位などを取得し、これからもずっと頑張ればストレートで卒業できそうだという状態で前期が終了。
全員が寮から自宅へと帰ることになった。
そして現在、再び相川の家に戻って来たクロエと相川が家の片付けなどを終えてから1週間ごろ。相川は基本的にトレーニング。もしくはだらだらしていた。そんな彼にクロエが発破をかける。
「ししょー! 海行くありマスよ! 海!」
「今は盆だから海行ったら亡霊に引き摺り込まれるぞ。4日後な。」
「おー……ヤパーナ海、何か大変ありマスね……」
相川の言葉にクロエは残念そうに首を振る。7月末から8月頭に掛けてはクロエの集中講義があり、8月からこれまでは暑すぎて外に出たくないということで先延ばしにされていた海は今回もお預けのようだ。
それはさておき、クロエは相川の発言を思い出して首を傾げた。
「盆、何ですか?」
「あー……何だ? 西欧風に行ったらハロウィーン? 先祖の霊が戻って来る日。日本だと墓参りに行って掃除したりするが……俺、親いないし。」
「おー……私も、いないデス……ママ、お墓、ありマスか?」
「……さぁ? そうだな。そういうのがあるとしたら知ってそうなのは……君のおばさんかね? 連絡取ってみるかな……」
携帯電話をかけて面倒なのでクロエにそれを渡し、相川は盛大に欠伸をして空を見上げ、その一点に焦点を合わせて顔を顰めた。それは相川の家の防弾ガラスを物ともせずに部屋の中に侵入してくる。
『あの! 相川くん!?』
「……血も通ってない状態だけど血相変えてどうかしましたか? ……妙さん。」
『る、るる……』
「るーるるる?」
電話をしながら相川が何か言い始めたのを見てクロエが微妙な顔をして相川の方を振り向く。それを見て飛来して来た妙が叫んだ。
『瑠璃を捨ててその子に乗り換えたんですか!』
「…………は?」
何言ってんだこいつという目を向ける相川。しかし、妙の方は何やら興奮している様子だ。
『瑠璃が可哀想だと思わないんですか!?』
「あんたら瑠璃の両親とあの麻生田って奴の所為で瑠璃はこの年代の子にしては酷く悲しい目に遭ってると思ってるが……おっと。」
急に落ち込んだ妙から相川は一歩下がって電話をしながらこちらの様子を窺っているクロエに何でもないと手を振っておく。
『……返す言葉もございません……』
「うん。じゃあ帰って?」
『そういう訳には行かないんですよ! 何ですかあの瑠璃の隣にいる子たちは! しかも、道場の人たちは誰も止めない! 今、瑠璃を助けられるのは相川くんしかいません!』
今度はいきなりエキサイティングする妙。相川はそう言えば去年、一昨年の盆には見かけなかったなと思いつつ妙に簡単に説明した。
「えーと、瑠璃を助けるのは瑠璃のナイトである奏楽って奴の役目だから……」
『誰ですかそれ!?』
「何か瑠璃が将来結婚したいとか何とか言ってた奴。」
天界にいた間に瑠璃はもう新しい恋を芽生えさせているのかと展開についていけない妙。彼女的に娘はかなり盲目的な恋をしそうだと思っていたが予想は外れたのかと相川をじっと見る。
『……それで、相川くんはその子と浮気を?』
「……こいつは保護してる子だ……俺と会った時はドイツ語しか喋れないでこの国に来て困ってたからそれなりに面倒を看てる状態……」
『相川くんドイツ語喋れるんですか……凄いですね~偉い偉い♪』
相川の髪を撫でまわす妙。クロエの視点から見ると何もない状態でいきなり相川の髪が潰されわしわしされているので驚いて寄って来た。
「ししょー、髪が……」
『! 可愛いですねぇ……こんにちは? ところで相川くん。君が師匠を名乗るには少し早すぎる気がしますよ? もう少し……』
「あぁあぁぁああぁー! 一回妙さんは瑠璃の所に行って様子見て来てください。こっちはその間にそれなりに話を通しますから!」
一度に両側から話しかけられて相川が叫ぶ。それを見てクロエが心配して声をかけるが、妙の方は渋々ながらも肯定の声を漏らして飛び去って行く。それを見送ってから相川はクロエに言った。
「いいか、俺はまぁ簡単に言ったらこの世界で言う幽霊のようなモノが見える。」
「おぅ……? ゆーれー?」
「Gespenstだ。」
「きゃぁっ! ししょー!? お化け居たありマスか!?」
びっくりしたらしく相川に飛びついてから周囲を警戒するクロエ。そんなクロエを落ち着かせるために適当に頭を撫でて噛んで含めるように続ける。
「居たけど別に悪霊じゃないから怯える必要はない。ついでにこの世界程度の霊なら相手がどうであれ消し飛ばせるから安心しろ。」
「おー……ししょー、凄いデス!」
「まぁ別に凄くない。俺は化物だからな。それで今からその幽霊がどうしても遊神家に来て欲しいと頼むから移動することになった。いい? 嫌なら留守番だ。」
「うぅ……」
クロエにはお化けがいるらしい場所に行くことは躊躇われた。しかし、そんな話を聞いてから急に一人きりになるのは逆に恐ろしい。メリットデメリットを彼女なりに考えて相川に結論を告げる。
「行くデス……」
「じゃあ着替えろ。」
すぐさま準備を整えた両者は遊神家へと移動していった。
「おー……無駄に人間がいやがる……廊下にワイヤーブレードを大量に張り巡らせたらどうなるかな?」
『多分皆気付くと思いますよ? 早かったですね?』
物騒なことを呟きながら家の中に侵入する相川とクロエ。そんな両者を妙が迎え入れて現状の説明をする。要するに大戦でなくなった身内や妙の親族で盆の集まりをしているらしいのだ。
『……ところで、相川くん。折り入って相談があるんですが……』
「……天界に逝ったとは思えない瘴気が漂い始めてるけど何?」
妙な風が巻き起こったりラップ音が鳴るなどの怪奇現象が起こり始めてクロエが短く悲鳴を上げる。それより相川は妙の目から光が失せ始めている様子の方が気になった。
『いえ……私の夫だったはずのどこかの誰かさんが私の妹を見て鼻の下を伸ばしているので……少し体を貸していただければと……あっ! 言い忘れてましたが去年一昨年と天界で修業を積み増してある程度であれば霊的な能力が使えるようになったんですよ。ですから貸していただきたいです。お礼に私の一族に伝わる秘術の書の隠しどころを教えるので……』
「ん~……貸すのはいいけど……俺の精神って面倒だからかなり端折って言うと化物なんだよね。許可なく使用し始めて3分過ぎたら食い潰される恐れがあるけどそれでいい?」
『えぇ……お願いできる?』
妙の目は大柄な男、瑠璃の父親に向かっている。それ即ち妙の夫でありその隣にいるのは妙に雰囲気が似ている若い女性だ。妙の射貫くかの様な視線は傍から見ていて違和感を覚えるくらいに近い二人の間に注がれている。
(……実体化させたら面白いかなぁ……でも勿体ないしいっか。実際に技を使うことで体に覚え込ませることもできるし……この人の今のテンションならまだ弱い俺の体でもそれなりに力出せるだろうし……)
テンションで身体能力などの能力が変わる不思議生命体の相川は面白そうなことになりそうだし、報酬も結構好みだったので悪霊の如き様相になりつつある妙に、力と身体を貸すことにした。