お出掛け
学校に居ようが家に居ようが、基本的に授業を受けていた時間が書類の片付けの時間になったという点以外にやることに変わりがない相川をじっと見ていたクロエはムズがり始めた。
それに対して相川は特に興味を示さずに黙々と書類を片付けては時折休憩を挟んで食事をとる。
そんな生活が1日続けられた翌日。相川の擁していた書類があらかた片付いたところで彼は立ち上がって宣言した。
「よし、何か変な物を買いに行こう。」
「お出掛け、ありマス!」
そう言えば黙っていたけどこんな奴いたなという視線を向ける相川。それに気付かない、クロエは待ってましたとばかりに同じく立ち上がり、久方ぶりに散歩に連れて行って貰える子犬のようにキラキラした視線をこちらに向けていた。
(……まぁ、ある程度大人しいからいいか……)
比較対象の瑠璃さんのことを思い出してクロエはまだマシかと判断し、相川は体を伸ばして服を着替えると胸ポケットにペンなどを差し、ズボンのポケットに携帯と財布を持って適当にこの辺りをぶらついてみることにした。
ギミックを仕掛け、戸締りをしっかりして階段を下りる相川。ご機嫌なクロエも一緒に外に出てみると丁度相川の家の近くの駐車場となったスペースで知らない人に出くわし、軽い会釈をしたところで相手は何かに気付いたようで相川を呼び止めた。
「! お前か相川とかいうガキは!」
「……ん?」
相川が過ぎ去り様に振り返ると偏屈そうな初期高齢者が相川の反応を見るなり怒鳴り声を上げてきた。彼は怒りを露わに相川の方に来ながら怒鳴って来る。
「何でウチの周りだけ掃除をせんのだ! この馬鹿ガキが!」
「……掃除、ですか?」
「そうだ! 他の家の周りは綺麗になっているというのに……聞いてみればお前が始めた運動とかいうじゃないか! 何で俺の家の片付けをしない!」
相川が何だこいつと思って黙っているとその中年はヒートアップして来た。そう言う輩ならこっちもしかるべき対応でいいかと相川は切り替える。
「近頃のガキはそう言う気遣いが……」
「うっさいな近頃の爺は……気違いか? 何で俺がお前の家まで掃除しねぇといけねぇんだよ。」
「あ゛ぁ!?」
中年は相川の胸ぐらを掴み上げ、自らに視線を合わせ、次の瞬間崩れ落ちる。相川が胸骨目掛けて膝蹴りを放ったのだ。
「元気だな爺。俺を持ち上げる程元気があるなら自分でゴミ持ち上げて掃除しろ禿。」
「こ、この……老人を労われ……」
胸の間を押さえて蹲る中年の方など身もせずに胸ポケットに刺さっていたペンを一本弄りながら相川はそれに苦しそうなうめき声に返答を返す。
「じゃああんたは子どもを可愛がれ。まぁ俺は別に可愛がる必要ないけどな……っと、よく撮れてる。オイ、次、俺の前でウザいマネしたら傷害の現行犯ってことで訴える。」
「ま、待て貴様!」
「はいはい。もう年老いて死んでいくだけのあんたと違って俺は忙しいから。じゃあね……まだ何か用があるって言うなら一応言っておく。この辺りは治安が悪いから身寄りのない人間が一人消えたくらいじゃ警察は動かんぞ。」
相川は言葉の意味を説明せずに初期高齢者の罵声を無視して散歩を続けようとし、困っている様子のクロエに声をかける。
「んーこの辺りの治安、まだ悪いみたいだしちょっと遠出するか……いい?」
「はい、ありマス……」
どう考えても相川が治安を悪くしている元凶にしか見えなかったが、クロエは何も言わずに同意した。
取り敢えず駅の近くの百貨店に行ってみた相川とクロエ。たどたどしい言葉を相川に話しながら歩くだけで色々もらえるクロエと商品説明を大量に貰う相川は途中で精神的に疲れて喫茶店に入った。
そして何となく店外を見ると何かを探しているらしい少女の見覚えのある後姿を発見して相川は静かに店の奥に顔を逸らし、クロエが訝しげにそれを見ながら抹茶フローズンとかいうシェイクを飲もうと奮闘する。そこで聞き覚えのある声が響いた。
「あーっ!」
「……気付かれたか……何でいるんだこいつ……」
「ズルい! ボクも飲みたい!」
「何がズルいんだよ……自分たちの金で買った物だぞ……」
現れたのはいつも可愛い瑠璃さんだ。今日はフリルが首下にあしらわれたシャツの上から薄い黄色のワンピースという出で立ちで相川のすぐ隣にやって来て腰かけた。
「何でナチュラルに……」
「暇なら遊ぼうって言ってたよね? 仁くん、遊びに来たなら遊ぼうよ。」
「……瑠璃は何しにここに……」
「んーとね、お父さんがボクが学校で頑張ってるから何か買ってあげるって言ってたの。その途中で仁くんがいる気がしたから探しに来た!」
「俺が居る気がしたからって……相変わらず意味が分からん……一応気配は消してるんだがなぁ……」
何故か嫉妬の視線とサービスでクッキーが出てきたが相川は取り敢えず瑠璃にクッキーを与えつつ遊神に見つかったら面倒なことになるなと溜息をつく。そんな相川を瑠璃が見咎めた。
「溜息つくと幸せが逃げていくんだよ?」
「知るか。欲しけりゃ捕まえに行くわ。」
「アイカワ、これ飲めるないデス……」
「……もう少ししたら飲みやすくなるから待て。」
子守の相手が増えて重りのようになり始めた相川は一先ず瑠璃の方を説得することにする。目の前でご機嫌そうに甘いクッキーを食べている瑠璃に相川は言葉を選びながら声をかけた。
「えーと、瑠璃は多分遊神さんが心配してるから戻った方が……」
「……パパは心配なんてしてないよ。奏楽くんのことばっかり気にしてるの。ボクが虐められても若いとか意味分からないこと言って笑うだけだし……ボクのこと大事にしてくれるの仁くんだけなんだよ?」
瑠璃の呟きに相川は記憶を探る。大事にした記憶が一切ないのだがそれはどうなのだろうか。それに虐められている件に関しては好意の裏返しだと相川から見ても分かるもので以前に相川も笑って済ませた記憶がある。
しかしこの場でその辺のことをストレートに告げると恐らく瑠璃は泣き始める。それを考えると人の目が気になるので相川はその件に関してはスルーし、何か案はないのだろうかとクロエの方を見た。
彼女は一生懸命シェイクを飲もうとしていた。相川はそっと目を逸らして瑠璃の方を見る。
「あー……多分、接し方が分からないんだと思うぞ? あの人不器用だから……」
「違うよ。お父さんは奏楽くんの方が好きなんだよ。」
瑠璃が即座に反論するのを見て何を言っても恐らくは無駄だと判断した相川は迎えが来るまで一時的に預かった方が楽だと判断して瑠璃に提案の声をかける。
「じゃあ遊神さんが探しに来るまでは一緒に買い物するか。今戻って迷子になってもアレだしね……それにせっかくの休みに迷子センターで過ごすのもね……」
「わーい!」
華やぐ笑みを見せる瑠璃に対してクロエは真剣な目で手の熱でシェイクの細氷を溶かすことに勤しんでいた。シェイクの意味は一体どこに行ったのだろうかと相川は思いつつ一人だけ何もないのも可哀想と言うことで瑠璃にもココアを買って喫茶店でまったりする。
そして相川は理不尽に遊神に追いかけ回されることになり、途中であまりの理不尽にキレて警備員に変質者が執拗に下半身を触ろうとしてくると訴えて逃走することで遊神を警察の御厄介にさせることに成功し、無駄に敵愾心を煽った。