要求
(……また何か憑けてやがるな……これの根源は何だろうか? 取り敢えず大体の公式は分かったから喰い潰しておくけど……)
相川が数少ない瑠璃と同じ必修授業を受けていると暗い顔をした瑠璃がこちらにやって来て、何か言おうとしているので発言を待ちつつ目の前の呪術と思われる何かを喰い潰す。微々たる回復だが、それでもないよりマシだと息を吐いて座ったまま瑠璃を見上げる。
彼女は相川の隣に座っているクロエを一度見た後、相川へ告げた。
「待遇の、改善をよーきゅーします!」
「……はぁ? 何の……」
「ボク、最近仁くんと遊べてない! その子ばっかり! ズルい!」
「……放課後いっつも林に連行してるのはカウントしないのか……?」
「もっとお喋りとかしたいもん!」
瑠璃がいることで人目を惹き始める相川。遊神流一門がこちらに近付いて来るのを感知したが目の前の瑠璃から逃げるのは骨が折れるので取り敢えず解決策を告げておく。
「じゃあ電話でも買えよ……」
「あっ……」
「学校から支給してもらえるだろ? 瑠璃は特Aクラスなんだし……」
「そ、そーじゃないもん! ボクが言いたいのはね、その……取り敢えず、電話は貰うけど……もっとね。わかる?」
分かる訳ねぇだろと思ったが黙っておく。瑠璃が反論を考えている間に立ち去ろうとした、その目の前に今度は奏楽が仁王立ちしていた。
「おい、俺らと勝負しよう。」
「はぁ? 何で?」
相川はこの授業が終わった後はもうその日の授業はないので帰りたくて仕方なかった。帰って薬草壇にあるイカリソウやクズ。花壇のシャクヤク、リンドウ。雑草壇のフジバカマやマメ科のカンゾウ、クコ。その他柿の木やまたたびの木、セイロンニッケイなどとその付近にばら撒かれたチドメグサやゲンノショウコ、ヨモギたちの面倒を見なければならないのだ。
(……まぁ、ばら撒いてある奴らは放っておいても育ちまくってるんだけどな……それに、最悪クロエを帰らせて面倒看させるのもアリだし……でも別部門のやつらは俺しか入れたくないんだよなぁ……)
別部門ことジギタリス、シャクナゲ、スズラン、ハナトリカブトなどのカラフルで綺麗な花々をキョウチクトウとヒガンバナで囲っているエリア。そこは相川専用のエリアとなっている。
そんな感じのことに意識を飛ばしていると目の前には遊神門下生が勢ぞろいしていた。麻生田、毛利、谷和原、相木、奏楽、それに瑠璃が相川を囲むようにして揃っている。周囲の生徒たちは絡まれたくないと逃げ出してしまった。
「……で? 俺、植物に水やりしないとダメなんだけど……」
「わかった。それが終わったら乱取りだ。」
相川が用事があることを告げると奏楽はそう返してくる。相川はふーんとだけ返して帰った後、バックレることにした。しかし、それは許されないようだ。相川が立ち上がると全員それに続いて来る。
「組手、組手。」
「……そう言えば、クロエって結構強かったよな? 俺の代わりに全員倒しておいてくれねぇ?」
「ししょーの、露払いデスね!」
「……ほう、言ってくれるなぁ……」
ナチュラルにディスるクロエの所為で相川は更なる敵意を買って、家には招きたくないので先に済ませることにして道場へと移動する。
「……で、瑠璃と戦うと超疲れるから瑠璃は後に回して……」
「ししょー! 私、戦いしたいありマス!」
瑠璃の抗議は聞き流して相川はクロエの発言に至近距離にいたクロエを見る。そして遊神陣を見ると彼らは結構怒っているらしい。相川は少し考えて頷いた。
「おー……行け。ぶちのめせ。俺の番が回って来ないようにしてくれ……」
「了解ありマス!」
「舐められたもんだな……Dクラスの癖に。」
血気盛んな麻生田がクロエを迎え撃つかのように枠線の中に入る。互いに礼を取った後、すぐさま両者が構えに入った。
奏楽、毛利、谷和原、相木が向こう側に並んでいるのに対して瑠璃はバランスを取るかのように相川の隣に座って解説を始める。
「アレね? 麻生田さんが得意な火の構えなんだよ。すっごい速いパンチできるの。」
「ほう。」
麻生田の烈火のような乱打に対してクロエは上体を反らせて避けるとその残した脚を跳ね上げて前蹴りを放つ。
「おっ。あいつ舐めてかかってたな。」
「……ホントは、もっと強いんだよ?」
きゅうしょ に あたった ! こうか は ばつぐん だ !
そんな表示が出そうなほど見事に金的を決められた麻生田は奏楽が頭を押さえられながら見守る中で相木に運ばれて場外へと連れられて行った。
「じゃあ、次か……毛利かな?」
「彰くんのはね、毛利さんと一緒で隠形なんだよ。キックが速くてね、初動作が見辛いの。」
「おぉ、今度は凄いまともで高速の戦闘が始まった……こいつら本当に小学生か?」
「……仁くんが言うの? それ……」
足技同士のぶつかり合いだ。前蹴り、回し蹴り、上中下蹴りに踵落とし。膝蹴りにトゥキック。様々な軌道から放たれるそれがぶつかり合い、その途中でつぶし合う。
そしてそれが途切れるのは呆気ないものだった。クロエが、下段回し蹴りを放ったのと同時に裏拳を綺麗に入れたのだ。足技ばかりに傾注していた毛利は思わぬ一撃にほぼ無防備でそれを受けてその後はワンサイドゲームに成り下がる。
「……アレもね、ホントはもっと凄いんだよ? 手は防御で全部流すの。それで引き寄せたり、相手の頭を押さえて膝蹴りとかやったりするの……」
「そう。」
クロエに相手をいたぶる趣味はないので決定的な隙を見せたその時点で相手の意識を絶ちにかかり、決着は着いた。
「おい、相川お前、強い奴に隠れてんじゃねーよ! お前が出てきて戦え!」
「負けた人、黙ってくだサイ。次、お願いしマス!」
クロエが復活して文句を言ってくる麻生田を真っ二つに斬り捨てるとやれやれと言った態で谷和原が立ち上がった。
「……私はそこまで戦いたいとは思ってなかったんだが……このままだと遊神流の名に傷がつくからね……」
「お願い、しマス!」
両者、礼を行いすぐに構える。またも瑠璃から相川に対して情報提供が行われる。
「谷和原くんもね、谷和原さんと同じでね関節技とか組むのが上手なの。谷和原くんはあの中でも結構強いからクロエちゃん負けるかもよ!」
何でクロエが負けそうなのが嬉しいんだと思いつつ相川は黙って笑っておく。それを盗み見たクロエも不敵な笑みを浮かべて呼吸を変えた。
次の瞬間、クロエの雰囲気が変わる。谷和原は冷静ながらそれに動揺したようだ。受けに回りながら様子を見始めた。そんな様子を見て瑠璃が不満気に呟く。
「……何で攻めないんだろ……氣の質が変わっただけなのに……」
「……気圧されてるんだよ。文字通りな……まぁ瑠璃とか奏楽くらいクロエとの実力が離れてたら効かないだろうが……」
相川の仕込みである氣の操作。それをある程度使いこなせている実感をやっと感じることができる相手でクロエも嬉しそうだ。
しかし、まだそれは氣だけ。身体能力的には劣っているクロエは序盤押していたことでリードしていたが後半からは相手が警戒のし過ぎだったと体勢を立て直して攻勢に出たため、押され始める。
ただし、前半の状態が尾を引いており、両者疲労困憊による引き分けの形でクロエ対谷和原の戦いは終わることになる。
くっ……戦闘描写を控えたのに分けることになるとは……不覚です……