林の中
『……そう言えば、クロエって結構強いのに何でDクラスなの?』
『筆記が酷いし……チームプレーも出来ないから……』
『……寧ろどうやって入学したんだ……』
『何か、変な制度があったからそれで……』
マットの上で拳で腕立てをしていた相川はそんな会話をしながらそろそろキツくなってきたので止めて立ち上がる。そして両腕を身体の前で合わせようとして肩周りが強張り腕同士がくっ付かないのを見て満足し、その日のトレーニングを終えた。
「帰国子女みたいな制度か……」
「どーしたのー?」
相川が一人納得していると不意に可愛らしい声が降って来た。それに対して相川は振り返りもせずに声の主を察知して言葉を返す。
「お前こそどうした。何か用か?」
「会いに来たの。ついでにこの近くの林の木をパンチして折る許可貰ってきたから特訓する。仁くんたちも行こー?」
相川の問いに対して寮の部屋にある窓から瑠璃が降って来た。この部屋は2階なのだが、突っ込むだけ野暮だろう。言っていることも大分変だが気にしない。
「……そうだな。結構珍しい木があるからそれ折られると困るし行くか……」
「突きの、稽古デスね! ししょー!」
「お前割と強いんだから俺のこと師匠って呼ぶの止めない? 普通の状態で100回くらい戦ったら30回くらい負けそうなんだけど。」
「ご謙遜デスね、流石ししょー!」
じゃれ合いのような物をするクロエと相川。それを瑠璃は黙って見ているがどうにもその光景は見ていて楽しくない。どうしてだろうかと瑠璃は少しだけ考えるが移動することになったのでその考えをどこかに押し留めて瑠璃たちは相川の家が建てられている最中である林の方へと移動した。
「お、相川じゃねぇか。両手に花持ってどこ行くんだ?」
「んー? ……珍しい木があるからそれを折るなよって言って付いて行ってる。」
「へ~……珍しい木って何だ?」
「ヨヒンベだよ。この世界だと西アフリカ原産なのに何か生えてるんだ。」
「ふーん。」
相川が瑠璃に連れられてクロエを伴って移動していると相川の家を建てている連中が休憩しているのに出くわした。そこで相川は工事予定について尋ねる。
「で、家の方はどう?」
「んー? ……まぁ、基礎は割としっかりしてたし、相川が言う範囲で済ませるなら後3日で終わると思うが……もうちょっと俺らやれるんだけど?」
「俺の金がねぇ……」
「いや、仕方ないんだけどな……なーんか微妙。」
もっと自分は出来ると言うところを見せたいのだろうが、相川が頼んだ範囲が学園側でも許容でき周囲からも目立たないで済む、知っている限りの全員がごねることもなく了承できそうな範囲なのだ。
「まーさっさと済ませるよ。じゃ行ってきなー」
「はいよー」
再び移動を開始して一行は林の中に入る。道中、薬草や毒草などを採取しつつ相川はふと思ったことを瑠璃に尋ねた。
「……そう言えば予防注射の跡ってどうなった?」
「んー? 何か夜になるとぼんやり光ってるよ……?」
「薄緑?」
「うん。」
「じゃあ大丈夫だな。」
通常の薬であればこんなに早く何かの反応が出たらコッホ反応かと、既に結核にかかっていることを疑うが、普通を知らない上に一部とはいえが体が夜光るという異常事態を前に瑠璃は何が大丈夫か全く分からなかった。
しかし、相川がそう言うのならば大丈夫なのだろうとして瑠璃は頷いて尋ねた。
「そう言えば、運動してるけど大丈夫なの?」
「ん? まぁ……死にゃあしない。」
「……大丈夫なの? ボク、不安になって来たんだけど……」
「大丈夫だし仮に何かあったら俺が何とかする。」
自信ありげな相川に瑠璃は胸の辺りがポカポカするという気分になる。それは以前までの感情とは僅かながらに違う気がした。
「おっと、この木は折ったらお前の背骨を折るから。いい?」
「うん。瑠璃この木は攻撃しない。」
「あ、そこの叢には入るな。入ったらお前の頭蓋を割ってそこでお前が踏み躙った植物を育ててやるからな?」
「はーい。」
そんな感じで林の中を歩いていると3人は大きな杉の木を見つけた。相川はこれを殴るように瑠璃に言って瑠璃はそれに頷いてロープを巻き始める。
「仁くんこっち回りね? 瑠璃、こっちに回る。」
「じゃあクロエはロープの隙間を埋めるようにずらして。」
「ja!」
3人は大きな杉の木の周囲を回りながら幹に頑丈にロープを巻いていく。その途中で相川が緩衝剤は要らないのか瑠璃に尋ねるが、必要ないとのことだったので最後までロープだけで巻き終えた。
「よし、こんなもんだろ。」
「わーい! じゃあ殴るね!」
ズダンッ!
飛び込みながら打ち抜いた瑠璃の正拳は杉の巨体全体に振動を与えて揺らした。下から上へと相川はそれを眺め上げて呟く。
「……花粉の時期にやったら怒られそうだな……」
『師匠! 私の突きもお願いします!』
相川が花粉のことを心配して上の方を眺めているとクロエが瑠璃と代わって杉の巨木に対してその場から打ち込む!
「勝った!」
『あれ……? も、もう一回です!』
木が揺れるということすらもなかったのが気に入らなかったのかクロエが再挑戦しようとするが相川はそれを止めておく。瑠璃が凄いだけで、揺れないのが普通なのだ。無理をすれば拳が壊れる。
『止めとけ。腕、壊れるぞ……』
「何て言ってるのー?」
「瑠璃の真似をしようとしてたからそれは無理だって止めてる。」
「えへへ~瑠璃、凄い?」
「凄い凄い。」
笑顔で頭を差し出してきた瑠璃の頭を思いっきり叩いて微笑もうか少し悩んで相川は瑠璃の頭を大人しく撫でてあげる。クロエはそれを見て不機嫌になった。
『……私の時と随分様子が違いますね師匠。差別ですか?』
『いや、こいつ露骨に撫でろって頭出してただろ。』
『じゃあ私が頭出したら撫でてくれるんですか?』
『……え、時と場合によるが、別にいいけど?』
何言ってんだこいつという目を向けつつ相川が瑠璃を撫でるのを止めるとその場所にクロエが入って来た。どうやら撫でろと意思表示しているらしい。
「……まぁいいんだけどさ……何か……」
頭を差し出す図になる前に相川がクロエと同じくらいの身長であることが若干イラッとくる。身長的に一応勝ってはいるが、一応と言う但し書きが付くほどその差は微々たるものでヒールでも履かれると完敗するので何とも言えないもやもや感が生まれるのだ。
『いい子いい子と言ってくれると喜びます。』
「Brav, Maeuschen.」
相川は何やってるんだろと思いながら褒めて瑠璃とは違った手触りのクロエの金髪を撫でる。そこで不意に視線を感じ、その方向を見ると瑠璃がじっと無言でこちらを見ていた。
「……何?」
「ボク……ううん……何でもない……」
「木を殴るんだろ? 折角だし付き合うからやってたら?」
「……じゃあ、100回パンチする。そしたら、ボクのこと褒めてくれる……?」
何で俺が褒めないといけないんだ? 相川はそう思ったがそれは口に出さずに褒めると答えて瑠璃の順手突きと逆手突きを自らの動きの中に取り入れるために観察し始めた。