挨拶
『うぅ、腕がひりひりしてきました……』
『我慢しろ。それより、日本語の練習してるんだから日本語使う。』
「はい……それで、どこ行ってマス?」
「Dクラスの寮に挨拶に行こうと思ってな。」
相川は学校が終わった後、登校中に言っていた用事を済ませに移動していた。しかし、クロエは相川の言葉を額面通りに受け取って頷く。
「あいさつ、大事、デスね!」
「そうだなぁ……取り敢えずクロエは危ないから俺の見える範囲に居てくれると助かる……居なかったら間違えて叩き潰すかもしれん。」
「……? わかりマシた……?」
クロエは相川が言っていたことは基本的に速すぎて何を言っているのか分からなかったが、見える所に居ればいいと言うニュアンスは感じ取ってその言葉に従うことにした。
Dクラスが使用している寮に着いた。そこでは相変わらずゴリラのような巨体をした女子生徒が門番をしているようで、相川を見るなり嗜虐的な笑みを浮かべつつ近付いてきた。
「よぉ、坊ちゃん。ちょっと生意気なことしてるって聞いたんだが、話しいいかなぁ?」
逃げられないようにか、胸ぐらをつかもうとしてきたそのゴリラ。相川は薄く笑って懐に潜り込むと足を蹴りつけて払い、後頭部へ肘を入れて地面に突っ伏させて頭を踏みにじった。
「何だメスゴリラ。人前で地面とキスしてないで日本語喋ってくれ。」
首に力を入れて無理矢理頭を上げようとするその生徒に対して相川は大腿屈筋群、太腿の全ての筋肉に力を入れて捻じ伏せたままにする。
「ししょー!? 挨拶デスよ!?」
「あぁ、随分ご丁寧な挨拶になっちまったなぁ?」
クロエが驚いている中で相川は言ってみたかった台詞を言って足に捻りまでプラスした。しかし、頭の中心は抑え、逃すことは許さない。
相川の足下をゴリラの腕が迫るが、それら全てを見切って相川は軽く躱しながら足に偽りの重心をかけて相川のいる方向に間違えた認識を与え続ける。
息が出来なくなった彼女が気を失うのはそこから時間はかからなかった。
「おやおや、お漏らししてやがる。後で脅迫に使えるかも。撮っとこ。」
「ししょー……『verrückt』……?」
「誰の頭がおかしいんだ? あぁん?」
撮影を終えた相川は酷いスラングを吐いたクロエに突っ込みを入れつつ雌ゴリラを放置して寮の扉をノックする。
全力で。
「ノックしてもしもーし!」
扉の一部が破損する勢いでガンガン鳴らした相川は蒼褪めるクロエのことを尻目に寮の中に入った。
「……うっわ。入るんじゃなかったお邪魔しました。」
寮内入ってすぐ隣の通路、廊下はロープが張られており洗濯物が干されまくっていた。その中には当然下着類もあり、中にいた女子生徒から鬼のような形相で見られる。
それはともかく、いきなりの来訪者に今まさに洗濯物を干そうとしていた女子生徒が相川の方へ険しい顔をして口を開く。
「……何よ?」
「えー? Dクラスは全員寮を使っていいのに寮母たちと共謀して男子生徒とかグループ外の女子を排除するように色々やってることが分かったから丁寧にご挨拶しに来たんだけど……」
「……理恵をどうした? 門の前に居た……」
「ゴリエ? 何か失禁しててキモかったから失神させた。」
順番が逆なのはご愛嬌だ。目の前のそこそこ可愛らしい高学年のクール系の女子生徒は黒いレースの下着を手に持ったままこちらを睨んでくる。
「喧嘩売りに来たってことで良い訳ね?」
「ちゃんと買ってね? 対価は俺の家が完成するまで寮に住ませろ。」
「生憎満室でね。」
「じゃあお前が外で寝てろ。」
鬼だった。相川は言うまでもなく男女等しく邪魔者は排除する。目の前の少女がどういう存在なのか興味はない。邪魔者は退かすだけだ。
「言うねぇ……Dクラスだからとはいえ、新入生如きに舐められたものよ……」
「そりゃパンツ持ったまま凄まれても何とも言えん。そうだな、精々言えてそれ勝負用? くらい。」
「……殺す。」
目を据わらせるとその微妙に美人な女子生徒は下着を放り投げてこちらに突撃して来た。相川はそれを避け、勢いを流しつつ相川を中心に半円を描くように誘導して投げた。
「っ!」
「おらよ。自分のパンツでも食ってろ。」
「貴様ぁ……!」
「高峰先輩! こいつ皆で締めてやりましょう!」
「いーよー?」
相川は別の女子の声に反応して不気味に笑う。その瞬間、今洗濯したばかりの下着の方面へ投げ飛ばされていた女子生徒、高峰が相川に襲い掛かる。
「貰った!」
「まぁ、わざと作った隙とか考えないんかね?」
見向きもせずに二段回し蹴りを放って回った勢いを無理矢理殺して相手の襟を掴むと引き寄せて首下に刃物を当てる。
「ひっ!」
「取り敢えず……平和に、せっかくマイホーム建ててるから無駄にクラスが移動とかなったら面倒だし、俺が割と強いことは内緒な……? お前が、野宿してた俺らのことを憐れんでしばらく寮を貸すことになった的なノリで……」
本物の殺気に中てられて声が出せなくなった不幸な女子生徒、高峰は何とかそれに同意を示そうとして頷きかけて刃物の冷たい感触にそれを制される。
「ん。分かってくれたならいい。まぁ俺が住む間にある程度は住み心地のいい場所に改造させてもらうから消えた後はご自由に使ってくれ。」
解放して相川はそう告げた。その瞬間、彼女はへたり込み泣き始める。それに周囲の女子生徒が集まって相川に負の感情が大量に込められた視線を向けるが相川は取り合わずに尊敬の眼差しを向けているクロエを見た。
「カコイイ、デス!」
「お前の感性が分からん……頭おかしいって言ったり急に手の平返したり……」
相川が呆れていると周囲の女子生徒たちは睨むだけでは気にしないのだろうと判断して相川へ非難の声を上げ始めた。
「さいてー!」
「女の子泣かすなんて信じらんない!」
「せんせーに言ってやる!」
泣かされた高峰のことを気遣いながらその後も相川に暴言を吐こうとする女子生徒たち。それに対して相川は少し困ったことになりかねないと服から注射器と薬剤を取り出し、注射器に溶液を入れながら溜息をついて呟いた。
「……仕方ない。記憶を消すか……」
気体が混じらないように針を上に向けて排液する相川。その仕草を見て少女たちは顔を引き攣らせ、怯えて固まった。
「ししょー!? 何ですか、それ?」
「……まぁ、大脳皮質の働きを抑制するお薬だ。おや、逃がさんよ?」
「助けむぐっ!」
掴まって抵抗しようとする少女、そしてその隙に別方向に逃げようとする女児たちを相川は洗濯されていたタオルで縛りつけた。
「……確か、ボッカタオだっけ? まぁどうでもいいや。」
「注射イヤぁ!」
「じゃあ、俺は弱いってことにしてくれる?」
「する!」
「先生に言ったら……」
「言わない!」
「約束は「守るから止めてぇ!」……ふむ。」
最初の一人はすぐに諦めてくれたようだ。次に別の少女、助けを求めようとして咄嗟に猿轡を噛ませた小動物のような印象を受ける可愛らしい少女の方へと相川は移動してタオルを少しだけ緩めて尋ねた。
「君は?」
「助けて……」
「俺も鬼じゃあないからね。要求を聞くなら殺しはしない。」
「乱暴、しないで……」
「じゃあ俺は弱いってことでいい?」
泣きそうになりながら何度も頷く少女。相川は満足して別の少女の下へと向かう。それらが終わる頃には相川は満足して全員解放し、一度走って逃げようとした少女を見せしめに記憶を消して本当に満足いく結果を得ることに成功した。