お家建設
「ウィッス、お頭くん~」
「……学校側の業者が来ると思ってたんだけど……」
「格安で競り落としましたよっと。んで、このボロ小屋を立派な一軒家にすりゃいいんスね?」
「そこまでは求めてない……まぁやれる範囲で。」
「りょッス。おーい、始めんぞ~」
相川は改造許可を得た時点ですぐに動き出し、校外に出られない条件に則り、インターネット販売で家電や工事の申し込みを終えるとその日の内に相川が元いた地域の近所の工務店が工事にやって来た。
「……ところで、その金髪の子は?」
「はじめマシて、クロエです。ししょーの、Schülerデス!」
「シューラー? 英語? 何だ?」
彼らはドイツ語など知らないので言ってる意味は分からなかったが、取り敢えず相川に訊きたい点はSchülerの意味ではない別のことだ。
「ってか、瑠璃ちゃんから乗り換えたんか……? お頭くんパツ金は珍しいかもしんないけど、瑠璃ちゃんの方が将来美人になるって。絶対。」
「……どうして君らは何度誤解を解いてもその結論に至るのかなぁ……? 誤解も立派な解答で既に出した答えを撤回する気はないという決意でもしてんの?」
「相変わらず何言ってるのかわかんねーけど、ちゃんと将来のことは考えた方が良いよ? あんな可愛い子世界中探してもいねぇから!」
大きなお世話だと思いつつ相川は冗談交じりに言っていたお頭呼びが定着している昨今について軽く憂いた。そんなことをしていると何故かこの場所に瑠璃がやって来る。
「げ、二股バレましたぜ……」
「……もう面倒だからそれでいいや……」
「二股? ……まぁいっか。それより……ね~仁くん~工事始まったら瑠璃のお部屋来るんだよね~? まだ~?」
あらぬ誤解が広まっていくが、もう面倒なので相川は好きにさせた。凄いだのやるなぁなど聞こえても知らない顔だ。
因みに何で瑠璃とこんな約束をすることになったのかというと、一言で言えばクロエの所為だ。
相川が教員から改造許可を貰った時点で事務室に行き、続く書類を貰うとここは力を何より重視する学校だから自力で何とかするなら許可しますという返答にもならない答えを得て相川が笑顔で帰っていると新しくできた友達の言っている意味が分からないと瑠璃からヘルプを受けて移動。
そして高級マンションの1室並みの広い部屋に招待されクロエが納屋より広い。あ、でもリフォームするんでしたね! と日本語で言って瑠璃が反応。
6歳とは思えない鮮やかな誘導尋問を繰り広げてクロエと相川が同居することを知って、なんで瑠璃はダメなの? なんでその子だといいの? と問い詰められ理詰めを喰らい期間限定で瑠璃と一緒に住むことが決定したのだ。
「……ま、まぁ図面は貰ってますんで、存分にいちゃついてきてくだせぇ……これ本当にヤバいな……」
「だって! 仁くん行こ~? 組手組手!」
「……まぁ、あんまり詳しくないから見てても無駄か……」
最近瑠璃絞め技とか寝技、組み技ばっかりなんだよなぁ……と思いつつ相川は瑠璃に連れられてクロエと共に特A組の部屋へと移動した。
ロードランナーにベンチ、ウォーターバッグなど様々なトレーニング器具が揃えられているトレーニング室、畳の道場に板張りの武道場までもが各々の部屋に揃えられている巨大な瑠璃の部屋で相川と瑠璃は組み手をしていた。
それを見ながらクロエはダンベルをあくせく動かして頑張る。
目の前では瑠璃の攻撃に相川が動作を合わせて逆方向に全く同じ技を返しているその瞬間の光景が繰り広げられている。クロエが見えたのはそこまでだった。
「鏡返し!」
「うにゃっ! 浄土送り!」
「……こりゃ無理だな。負けた。」
『師匠! 今の一瞬で何があったんですか!?』
一本終わったところでクロエは相川と瑠璃に駆け寄る。そしてゆっくりとした動きと勢いで動いた部分は説明を受けて学び、自分の動きの中に取り入れることが出来そうな物を探っていく。
「ふぅっ……ふぅ~……強いな~楽しいな~ねぇ、もっかい!」
「疲れたから無理……」
「え~これじゃ仁くん負け越してるよぉ? いいの~?」
「いいよ別に……今日は勝ち越してるし……」
「むぅ~! 次も瑠璃が勝つもん! 2勝3敗だから、もう追いつくし!」
瑠璃はむくれるが相川は正直身がもたないのでクロエの指導と言う名の逃げに入る。それを見ていると瑠璃も相川の鍛え方は気になっていたのでその輪に入って行った。
「ふむ……頑張ってるね。凄いし偉い。でも、反動が入ってる。効率を上げることと自分の体をコントロールするために純粋に自力で動かせる範囲まで動かすといい。自分が決めた範囲以上は一切動かさないことが大事だから。」
「ふつ~だね? 仁くんもそうやって鍛えるの?」
「……俺はちょいと特殊だから……」
身体がズタズタになる寸前まで無理矢理動かして頑丈にテープで巻き、そこに氣を通して無理矢理狭い場所で筋骨を回復させ、骨密度と筋密度を上げる。通常であれば血脈が潰されて鬱血する所を氣で無理矢理通すことで「健全」と呼べる体を創っているのだ。
幼少期にある程度基礎が出来た状態からそれを行っている。しかし、それは作業中には激痛が走り、相川でなければ白目を剥いて暴れ狂いながら泡を吹く所業だった。
「どんな風に特殊なの?」
「……鉄砂掌の作り方をちょっと改造した感じかな……」
「へ~」
相川的にはそこまでやっても瑠璃の筋力と同じ程度しか出せないことの方が不思議でならなかった。しかも、抱き着かれた感じ、瑠璃の体は普通に触るとぷにぷにして柔らかいのだ。相川には意味が分からなかった。
「逆に訊くけど瑠璃はどんな感じなの?」
「! えへへ~瑠璃はね? 幾つかのセットが合ってね? ……あ! 一緒にやろう!?」
「……やり方を教えてくれない?」
「今日は組手いっぱいしたからお休みなんだよ? でも、仁くんが一緒にやるなら瑠璃、頑張る!」
どうやら今日はやってくれないらしいので相川は諦め、瑠璃がまたむくれる。瑠璃としては一緒にやって欲しかったようだ。
「……は~仁くんがもう組手してくれないならシャワー入ろ?」
「え、デモ、ししょー……」
瑠璃の誘いの言葉を受けてこの場で瑠璃と一緒に風呂に入るなら私かな? とクロエは戸惑いつつトレーニングをどうするか問う視線を相川に向ける。
しかし、対する瑠璃は反応を返したのが相川ではなくクロエだったので首を傾げた。
「? 君はまだ特訓残ってるよね?」
「瑠璃、外国だと一般的にこの年じゃ一緒に風呂には入らないんだ……」
一瞬、空気が止まったその時を見計らって相川はすぐに切り返す。この際だ、じっくり説明を……と思った相川だが、瑠璃は初耳だと少しだけ驚いてから可愛らしい口を開く。
「へー……瑠璃、日ノ本で生まれてよかったぁ~じゃ、入ろ?」
簡単に片づけられて相川は二の句を告げない。クロエはクロエで耳年増な妄想を繰り広げて何も言わずに一心不乱に筋トレを始める。
「てか、瑠璃……お前もう風呂に一人で入れるだろ?」
「うん。……で?」
「でって……えー……」
割と最強の切り返しを受けて相川は反論に困る。どう返しても「で?」で済まされる可能性を考慮している間に瑠璃の方では話にケリが着いたようだ。
「はい、お風呂行こー! 嫌がるのは知ってるよ? 仁くんお風呂あんまり好きじゃないもんねー……瑠璃が見てるからちゃんと入るんだよ?」
「……別に風呂は嫌いじゃないし、シャワーは毎日入ってるし……」
「ダメでーす! お風呂も毎日でーす! 嫌なら勝ち越すまで組手~」
強制執行を掛けられて相川は瑠璃と一緒に風呂に入ることになった。