繰り広げられる日常
ぴんぽ、ぴん、ぴんぽん、ぴんぽん……
五月蠅いインターフォンの連打音に相川は滅茶苦茶怒りを覚えながら目を覚ました。仕方なく扉を開けるとそこに居たのは……
「瑠璃だよー!」
「今何時だと思ってやがる……死ね……」
地獄の底から亡者が呻くように相川は来訪者に向けて怨嗟の念を向ける。現在の時刻はAM6時50分。本日の相川の睡眠時間は6時間弱といったところだ。
「おはよー!」
「早過ぎんだよボケが……」
「お邪魔しまーす!」
「邪魔者め……誰が入れるか……」
しかし、寝起きの相川と朝稽古を終えて朝食もしっかりと摂ってやって来た瑠璃とでは状態が違い過ぎる。少しだけ揉めて負けた挙句に頬にキスを喰らった相川は侵入者に恨みの視線を向けながら扉の鍵を閉めて部屋に戻った。
入って来た瑠璃は家主の許可も得らずに手を洗って勝手にコップを使ってうがいをし、その奥にある部屋の中に入っている。
「……お部屋涼しいね! あれ? ベッドが……まだ寝てたの?」
「当たり前だ馬鹿が……眠いんだよ……つーか何でベッド入ってんのお前……」
「一緒に寝よ!」
「……お前は幼稚園に行けよ……つーか朝からテンション高いな……」
もう相手をするのが面倒になって来たので相川はベッドに潜り込みながら瑠璃を無視して二度寝する。しかし、瑠璃は追及の手を緩めない。
「仁くん~今日はプールあるんだよ!?」
「……そう。でも今日は眠いし休んでいいかな……」
「え~じゃあ瑠璃ここでお水遊びするの~?」
「……幼稚園行くから勘弁してくれ……」
日曜日のお父さんってこんな気分なのかなと思いつつ相川は瑠璃をどうするか考える。最近、相川のことを親とでも思っているのか遠慮がなくなり過ぎな気がするのだ。
「……瑠璃、家に帰れ……」
「え~何で?」
「……うっわ。」
やだやだ期となぜなぜ期が併発されるともう面倒臭いの一言に尽きる。相川は説得する労力と排除する労力、そして諦めて受容する労力を天秤にかけて諦めることにした。
「からっぽのマヨネーズで水鉄砲するんだよ? 準備してる? でも瑠璃はねぇ自分で水鉄砲した方が凄いんだよ~?」
「寝るから黙れ……」
「あい……」
殺気を漏らしつつ殴って黙らせた相川はウォーターレーザーでも幼稚園に持って行こうか考えつつ眠りに就いた。
それに対して元気いっぱいの瑠璃は少し考える。すぐに遊びたいが、嫌われるのは嫌だ。相川は眠ってしまって起こすと怒られる。ならば自分に出来ることは何だろう?
「朝ご飯作ったら褒めてくれるかなぁ……?」
相川の寝つく顔を見ながら考えたその案は良いモノのように思えた。しっかりとした朝食を作って相川に食べさせるのだ。
相川は喜ぶし、瑠璃は相川が食事の支度をする予定だった時間分、余計に遊ぶことが出来る。もしかしたらご機嫌になって瑠璃の知らない色々な遊びをしてくれるかもしれない。
成功した時のイメージを浮かべると瑠璃は楽しくなってきてにへ~っと笑い、相川を起こさないようにベッドから抜け出した。
「瑠璃、頑張る……!」
そうと決まれば食事の支度だ。しっかりと手を洗って炊飯器を開けてみるとご飯はあった。
「……ご飯ある。」
それを見た瑠璃は何を作るか考える。そこで思いついたのはおにぎりだった。瑠璃は相川の作る変わり種だったり普通だったりするおにぎりが大好きなのだ。
「でも、瑠璃、角煮おにぎりは難しい……」
瑠璃が好きなおにぎり群の中で一番最初に思いついたそれは瑠璃にはできそうになかった。そのため楽そうなのを思い出す。
「ふりかけ! かけるだけなら瑠璃も出来る!」
そうと決まればふりかけを探す。炊飯器の蓋は一応閉めて戸棚などを見上げると調味料がたくさん並んでいる棚を見つけた。瑠璃は脚立を持って来て使いそこに登って行く。
「おぉ~いっぱいある……どれがいいかなぁ?」
瑠璃は少しずつ小さな手の平に出して味見してみる。ソフトワカメとか言うふりかけとイカ昆布とかいうふりかけが美味しかった。
「……これ! で、おみそしるだね~?」
わかめで思い出した。朝食には味噌汁だ。それに漬物、焼き魚などがあれば完璧になる。
「でも、お魚ってどうやって焼くのかなぁ……?」
しかし、瑠璃には焼き魚は難しいので今回は省略。代わりに味噌汁をたくさん作ればいいと判断して鍋に水を入れてガス台の上に置いておく。
「味噌を入れたらいいんだよね?」
出汁というものはよく分からない瑠璃。取り敢えず鍋に入った真水に味噌を適当に入れてじっと見る。
「……出来た!」
思ったより簡単だった。冷たい具なしの味噌汁を尻目に瑠璃は冷蔵庫を見て納豆と卵があることを知り頷く。
「これでだいじょーぶ! 仁くん、褒めてくれるかなぁ?」
そんなことを言いつつ実際は褒められることしか考えていない瑠璃。大平原が広がる胸はドキドキしている。
しばらくして、相川は目を覚まして携帯を確認。次いで台所からきらきらした視線を感じて体を起こす。
「……? 瑠璃、ご飯食べたいのか……?」
「違うよー? 今からね、おにぎり作るの。」
「……弁当持って来てないのか?」
「んふふ~……仁くんの朝ご飯だよ!」
ドヤ顔の瑠璃。相川はそこでようやくコンロの上に鍋が置かれているのを発見して作業台を上って行き、軽く目を覚ました。
「ほぉ、凄いね。」
「でしょ~!」
薄い胸を張って褒めて褒めてと言わんばかりの瑠璃。相川は冷たいそれに火をかけると瑠璃が興味津々で寄ってくる。
「そうやって火を点けるの!? すごーい!」
火を使わずにどうやって味噌汁を作ったのだろうかと首を傾げる相川。そう言えば具もなかった。しかし、まぁ自分の為にやってくれたらしいので一応喜んで褒めておく。
「ありがとね。」
「えへへ~どういたしまして~」
「じゃ、こっからは俺が続けましょうか。」
「んにゃ? まだ何かするの?」
「瑠璃の仕上げ。」
相川の嗅覚的に味噌汁は味噌だけが入っている状態だということは何となく理解している。そこで粉末の昆布出汁と鰹ベースの白出汁を入れて最後に醤油を少しだけ入れてから豆腐を切って入れる。
「まぁ、こんな感じ。」
「ほぇ~……」
「じゃあ最後の仕上げは今日の料理長、瑠璃さんにお願いしまーす、薬味を少し入れてください。」
「薬味?」
「……青い容器に入った刻み葱が冷蔵庫の中に入ってるからそれ入れて?」
「うん!」
続いて相川は瑠璃が握っていたおにぎりを見る。小さい手で頑張って握ったらしく、小さいおにぎりがたくさんあり、それに大量のソフトふりかけが乗っていた。
(……さて、おにぎり製造機の中にぶち込んでもいいんだが……)
少しだけ忍びない。仕方ないので瑠璃の料理が美味しかったとか適当な理由を付けてご飯をおかわりし、味の濃さを誤魔化すことにした。
その後、幼稚園では瑠璃のスクール水着に園児、職員、通りすがりの人が悩殺されたり相川が持ち込んだ水鉄砲が正しく鉄砲と言えるレベルの弾丸を発射して騒ぎになったり、瑠璃の水着姿を守ろうとした遊神が乱入して悩殺されてないという理由で相川が襲撃を受けたり色々あったが、まぁ日常としてはそんなに変わらない日常を過ごすことが出来た。