おど瑠璃さん
「ふむ。そろそろ次のステップに行こうかね……」
負荷をかけて少しずつ体を強くしていた相川はメニューを高負荷に変えることにした。
腕立ては体を一直線にして肘を開いて伏せる方法だけでなく、腕全体を体に平行にして体を伏せるやり方も足して2種に。
腹筋は足を曲げた状態のものから足を上げたものを加えてその足上げも腰から90度、またそこで膝を90度にして肘をつけ腹直筋の一番上を鍛え、次に普通の腹筋で真ん中の腹直筋を鍛える。そして最後に足を真っ直ぐ上げることで下腹にある一番下の腹直筋を鍛えるということをやり始めた。
また、片肘をついて体を横にして起こす腹斜筋などの体幹トレーニングも開始。
ダンベルなどの上腕を鍛えることもペットボトルという軽い物から市販の重り付きダンベル5キロへと変えた。
スクワットや脹脛のトレーニングもその重りを持ってやることでかなりの負荷をかけてすることで相川の体は最早ひ弱な5歳児ではないと自信を持って言える状態に近づいているだろう。
「……でもなぁ……」
そんな一般の高校生並みのトレーニングをしている相川だったが、幼稚園終わりに今日も邪魔しに来て隣で遊んでいる瑠璃を見て自信を少しなくす。
「面白いねー!」
「……そんな勢いでやるモノじゃないんだけどなぁ……あんまり動かすと肘壊すしやんないんだけど……」
「軽いからだいじょーぶだよ!」
無邪気な笑顔で頑張ってる相川の努力をあざ笑うかのように遊んでいる瑠璃を見ると相川は何だか馬鹿らしくなってきていた。しかし、だからといってやめるものでもない。
そんな相川に対して瑠璃は瑠璃視点でこんなに軽い物でどうやって鍛えているのか気になったようで相川の方に興味津々でやってくる。
「ねぇねぇ? これでどうやって鍛えてるの?」
「うるせぇその辺で踊ってろ。」
「るり♪るり♪ 踊ったよ! 教えて!」
無駄にキレのある動きを見せられた。聞くところによると去年の学芸会で踊ったらしい。煽ってるのかと心内で忌々しげに呟きつつそれはそれとして相川はリストウェイトの巻き付いている手を顎に当てて少し考えた。
「……もうちょっと可愛らしく踊ったら?」
「え? どうするの?」
「こう、にゃんにゃん的な……」
招き猫のように手首を頭上近くでくいくい曲げる動作を提案すると瑠璃はその通りに少し緩やかに動いて見せた。
「にゃんにゃん?」
「ふむ……まぁもう少し右と左で時間差をつけるといいかな? で、何か腰辺りと肩周りを使って体をくねくねさせる。」
「こーぉ?」
「……そんなにキレがあったら何か不気味だからもっと緩く。」
「くにゃくにゃ。」
腰を揺らし、手首を曲げる瑠璃。相川は何故か頷いて次のステップに移動させた。
「右手を上げて曲げる時は左手を下げて曲げる。腰は下げた方の手の方向にくねり、それを連続して……」
「にゃんにゃん。るり♪るり♪」
「そうそう。」
何か始まった。因みに相川の方は2キロのリストウェイトを付けたままなので指導のために動かすだけでそれなりの筋トレにはなる。
「後なんかあるかな……魔術舞って基本動作が小さいからなぁ……」
「じゃあ、瑠璃猫手とか猫足立とかやってみる!」
「脳内が戦いに向き過ぎ……両手を揃えて軽く拳を握り、手首から先だけ裏拳みたいにして体をくねらせる!」
「こう?」
「そう!」
当初の目的では瑠璃が邪魔しないように適当なことをさせておこうと思っていたのだが思いの外可愛過ぎる瑠璃のダンスに相川はそれっぽいダンスを指導し始めてしまった。
「世界狙えるぞ瑠璃!」
「いえーい♪」
「……まぁこんなもんで世界狙ってどうするんだって話でもあるが。」
そして急に冷めるのが相川だ。子育てにおいては一貫性が大事だが、相川は別に瑠璃を育てているわけでもないので一瞬浮かんできた言葉を無視してリストウェイトを外し、普通にダンベルを持つと鍛え始めた。それを見て瑠璃も踊るのを止める。
「じゃー組手しよ?」
「……片手を掲げて円を描くようにして振る。」
「こう?」
「両手を思いっきり広げて足を開きながらジャンプとか。」
組手を避けるために相川は瑠璃に踊りを追加させる。瑠璃は瑠璃で言う通りに動いて見せて頷いた。
「あんまり楽しくない。」
「踊ってる瑠璃可愛いなー」
「踊るの楽しいよー♪」
乗せやすかった。相川は適当に褒めたりあしらいつつ瑠璃を躍らせ、その隙に筋トレを終える。
「ふぅ……休憩。」
「瑠璃もちょっと疲れた。」
「おらよ。」
いちごミルクの紙パックを渡して飲ませる相川。自分は薬湯と抹茶味の豆乳を飲んで糖とタンパク質を補給してから体をシーブリーズのシートで拭いた。
「ん~……踊るの、ちょっとだけ楽しいかも……」
「そうか。よかったな。」
「仁くんも踊ろー?」
「俺はもう動きたくない……」
強度を挙げたトレーニングで疲れている相川はもう動きたくなかった。しかし瑠璃は元気いっぱいだ。
「じゃあちゅーしよ?」
「じゃあって意味知ってる? 瑠璃はもっと自分のこと大事にした方が良いと思うぞ?」
「うん。もっと元気になりたいからちゅうする。」
「……俺の話聞かないの最近の主義なの? やめ」
意見は封殺された。甘い味がしたキスは瑠璃の天使の笑みと共に離されて相川は顔を拭うとぐったりとベッドに倒れ込んだ。
「何でディープなんだよぉ……何となく汚された気分……」
「ディープ? けがされた? 瑠璃、怪我してないよ?」
「……理解してないのにやったのか……今のキスは禁止。」
「えー……なんで?」
「もっと大きくなってから好きな人としなさい。」
じゃあ小学校に上がってからまたしよう。瑠璃はそう決めた。相川がそれを知る由はない。
「そういや瑠璃の好きな人は何してんの?」
「寝てる。」
相川の言う瑠璃の好きな人は奏楽で、瑠璃の言う好きな人は目の前でベッドで横になっている相川だがそのズレには両者気付かずに理解した。
「そうか……だから暇なんだな……」
相川は奏楽が構わないから俺が面倒な目に……と溜息をつくが、瑠璃はそんな相川を見ているだけでそれなりに楽しいので首を振る。
「んーん? 別に、暇じゃないよ? 楽しいよ? でも、組手したいなー」
「俺は嫌だ。奏楽を叩き起こして勝手にやってろ……」
「えーやだー仁くんが寝てるなら瑠璃もごろごろするー」
この後は只ただひたすらに甘い空間を形成しつつ耐えかねた相川がベッドから逃げて夕飯まで作ってから瑠璃は道場へと帰って行った。
そして瑠璃の自宅で相川が教え、瑠璃が構成を考えたるりるりダンスを見せた所、全員魅了して少し大変なことになるのはまた別の話となる。