走り込み
「おっ! すごーい! 仁くんおはよー!」
「……あぁ、朝から瑠璃と出くわすとは……疲れるな……」
朝の走り込み。遊神流の子どもたちが集団で走っていたところ、瑠璃が川越しに相川が走っているのを発見して三角州に飛び、更に飛んで相川の隣に降ってきた。
「きょーは幼稚園最初からくるんだ!」
「……いや……」
「ね!」
強力な同調圧力。帰ったらシャワー浴びて冷えた部屋の中で心地よい疲れと共に二度寝を決め込もうと思っていたがここで会ったが運の尽きと諦めることにして相川は頷いた。
「やったぁ!」
「まぁその辺は諦めるとして……俺の走ってる方向と君らが走ってた方向は真逆なんだけど……あの集団と滅茶苦茶離れてるぞお前さん……」
「いいよ~別に~……一緒走ろ?」
走りながら振り向くと決して良さそうには見えない。奏楽を筆頭に最近道場に戻ってきた子どもたちは道着を濡らすのはダメだからと騒いで橋を探しているようだ。
「騒いでるぞ?」
「あはは~でも、このペースで走ってたら追いつけないよ! 大丈夫!」
「……合わせて走るのもアレかもしれないけどねぇ……まぁ俺が言えた義理じゃねぇからいっか……」
集団行動が大事など、相川が言える話ではないので瑠璃のしたいようにさせておくことにした相川は奏楽が猛スピードで走り出したのを尻目に前を向いて走り始めた。
それを見て瑠璃も相川と同じスピードで走り出す。そして相川にどこまで行くのかと目的地を尋ねた。
「……ちょいと先にある林だよ。夏が近いこの時期は結構薬草とかが取れるらしいからな。」
「へぇ~! 瑠璃も行く!」
「邪魔はするなよ……?」
「うん!」
喋りながら走る二人。相川は瑠璃が普通に喋りながらついて来るのに驚きつつ瑠璃の他愛無い、しかし割と大変な世間話に付き合う。
「でね~? 武志くんがね、瑠璃のパンツ見ようとしてくるの。洗濯物のならいいけど、瑠璃が履いてるの見ようとするから邪魔なの。しかもそれで刀祢くんも見える位置にいるの。二人とも変態さんなんだよ。」
「……大変、なんだなお前……まぁ……はっ……最悪……気に入らないなら、蹴っ飛ばしても……いいと思うけど?」
割と本気で走っている相川に対して瑠璃は非常に余裕綽々だ。才能って理不尽だなぁ……と思いつつ相川は麻生田の息子の所業を親に伝えたらどうなるだろうと考えた。
「うん! そーする。何で見たいのかなぁ?」
「瑠璃が可愛いからだろうな……」
「じゃあ見る?」
道着の帯に手をかけた瑠璃。相川は至極冷静に断った。
「今、忙しい……何で時々、思い出したように、俺に見せようとすんだよ?」
「え~? ママがね、時々好きな人にだけ見せなさいって言ってたから。」
「……俺とかじゃなくて、奏楽に見せたら?」
「奏楽君なら逃げるよ? そしてパパに怒られるの。酷い目に遭うみたいだから止めたげた。」
「じゃあ何で俺ならいいと思ったんですかねぇ……」
コースを変えて商店街に入る。まだどこも開いていない時間でアーケードには人がいない。静寂が広がる中で瑠璃は相川に話しかける。
「……仁くんならいいっていうよりね……何か、違うの。」
「そうかい。」
瑠璃は奏楽が見たいなら見せてもいいと思っているが、相川には出来れば見たいと思っていてほしいという変な願望、いうなれば構って欲しいのを拗らせたような感情を抱いていた。
思考回路的には瑠璃のことを可愛いと思ってる人がパンツを見たがっている。つまりパンツを見たがっている人は瑠璃のことを可愛いと思っているはず的な状態だ。しかし、それを口に出して説明するのは難しく、もっと言うのであれば言うようなことでもないと考えたので瑠璃は口を噤む。
対する相川は異性として見れないから大丈夫だと言う判断を下して問題はないとそろそろどこで何を収集できるかという思考に切り替える。
「あ、でもね、皆仲良しだよ? 瑠璃にはイジワルするけど。」
「……どう接したらいいのか分かんないんだろうね。まぁその内慣れるだろうから気長に待ったら?」
「うん……でも、瑠璃にどれだけお友達出来ても仁くんはお引越ししたらダメだからね……? 瑠璃みぃちゃんみたいにはお鼻よくないから2000キロも追いかけられる自信ない……」
「追いかけるの既定路線なんだな……つーか、猫も2000キロも追いかけられるほど鼻よくないぞ……」
しかし、瑠璃のその願いは届かないことは決定している。何年かかろうとも相川はこの世界から出て行く。これは確定事項だ。魔法のない世界なんて生きていけない。
「追いかけるけど……行っちゃダメだよ? どうしてもまたお引越ししないといけないなら瑠璃に言って、一緒に住もうね?」
「え、嫌なんだけど……」
「じゃあ、瑠璃はお部屋近くに借りる……瑠璃、お年玉とか貯めてるけど足りるかなぁ……?」
「えぇ……何その打たれ強さ……そこまで頑張る気なら別ウチ住んでいいよ……」
「やったぁ!」
喜ぶ瑠璃だが、相川はどうせこの約束もすぐに忘れるだろうと適当に流してそろそろ田園風景が広がって来た中で一度休憩を挟むために歩き始める。
「はぁ……あっつい……」
「瑠璃も汗かいた~」
瑠璃がそう言って道着の襟元をパタパタさせる。首から汗の玉が流れ落ちる様を見て相川は結構汗を掻いているなと近くを見渡し始める。
「……しゃあない。何か飲むか?」
「んー? ジュース買ってくれるの!?」
相川が見つけた自動販売機の前でICカードを入れたカード入れを出しているのを見て瑠璃がそう尋ねると相川は頷きつつお茶を買った。
「まぁ……そうだけど?」
「りんご!」
駆け寄ってぎゅっと抱き着いて来る瑠璃が暑苦しくて嫌だが、既に買うことについては期待させたので買い与え、近くのベンチで休む。
「ふひゅぅ~! 冷たい……ありがとー!」
「おう。」
適当に応じ、相川は順手突きや逆手突きなどを軽く行い、息をついてから椅子に戻って座り込む。それを見て瑠璃はリンゴジュースを出して尋ねた。
「飲む?」
「要らん。」
「美味しいよ?」
「それが飲みたいなら買ってる。」
「そー……」
もうちょっと言い方ってあると思うな。と瑠璃は思ったが買ってもらった方なので口に出すことはしない。
しばらく休憩していると犬を連れた老女に出会った。好々婆らしい彼女は相川と瑠璃が仲良く喋りながら飲み物を飲み干しているのを見て迷子ではないかと声をかける。
「あらまぁ可愛らしいカップルさんだこと。こんなところでどうしたの?」
しかし、老女の親切は相川的には余計なお世話だった。相川は空になったペットボトルを握り潰すと立ち上がる。
「修行ですが? 現在、休憩終わり間近です。」
「カップル?」
意味が分からなかった言葉を相川に尋ねつつ、瑠璃も相川の真似をしてリンゴジュースの入ったスチール缶を握り潰して立ち上がる。握り潰された缶の潰れ方を見て老女はぎょっとした。
「カップルは1対のという意味だ。男女が揃ってるからそう言う。後、瑠璃が可愛いのは分かるが俺は可愛くないと思う。」
「そうなんだ。そうだよね、仁くんは可愛いじゃなくて格好いいもんね。」
「違うけど……まぁいい。走るぞ。」
「おー!」
老女が呆然とする中で相川たちは走って森の方へと消えて行く。この後、二人が入った森にはあまり薬草はなかったが、山菜などはあったのでそれを取って二人は帰ることになる。