日常のお話
相川が瑠璃にロリ瑠璃ラリ瑠璃るりっるりと言わせて自己嫌悪に陥り、瑠璃に押し倒された翌日の幼稚園。最後のバスが時間になっても相川が来なかったことを報告した時、園長は微妙な顔をして困っていた。
「……今日も遅刻なのかな?」
「迎えに行ってきます。」
「瑠璃も~!」
超速で反応したのは梵と昨日はお楽しみだった瑠璃さんだ。園長はどちらにせよ止められないので見送り、外部の先生による読み聞かせの時間までには連れて来るようにお願いした。
「……チッ。忘れられてなかったか……」
「絶対忘れないよ~?」
「絶対って言葉ほどこの世の中に信じられん言葉はないな。お前はおそらく俺のことを忘れる。」
「むー! 忘れないもん! もし、そんなことあっても瑠璃、絶対すぐに思い出す!」
来て早々喧嘩を売って来たような発言をする相川。瑠璃が訪問して来た時点で着替えてはいたので登園するつもりはあったのだろう。
因みに、梵は現在蕎麦屋でご飯爆盛り天かす卵とじ丼薬味マシマシを300円で食べている。凄まじい食いっぷりに浜に行って魚を抑えて帰って来た親父さんも苦笑しつつ昨晩の残りの揚げ物をレンジで温めてサービスとして提供したりなどして楽しんでいる。
「今日はね、何か新しいご本読んでくれるって言ってたよ?」
「どうせ絵本だしなぁ……元ネタがあるやつなら原本があればまだ楽しいんだけどね……」
「……確かに、今日は組手じゃなくてトレーニングだから微妙だよねぇ……」
「どっちも嫌なんだけどな。」
愉しくないという相川の発言にあさっての方向に同意する瑠璃。しかし、彼女は次の瞬間には天使の笑顔を持って相川を魅了しにかかる。
「でも、仁くんがいるなら瑠璃楽しい!」
「嘘つけ。」
「……何で嘘って言うの? 瑠璃、楽しい……仁くんは楽しくないの……?」
「何が楽しいのか分からん。」
「じゃあ瑠璃がいっぱい遊んだげる!」
それが一番疲れるんだけどなと思いつつ相川はこの場で押し問答をしても仕方がないので準備していた朝食を摂り、ついでに瑠璃に味噌汁を飲まれてから梵の車に乗り込む。
「……あ、そう言えば仁くん。そろそろ小学校で旗取りあるね~? 瑠璃と一緒に走ろ?」
「そう言う奴は最後に裏切る。」
そんな会話を聞いていた梵は思わず軽く笑った。
「あはは、マラソンじゃないんだから大丈夫よ? 昨日の戦いを見た感じだと瑠璃ちゃんも仁くんもちゃんと清龍小学校には入れそうでよかったね?」
「ね~」
梵の言葉に同意する瑠璃。しかし、この辺りのことを調べていた相川は理解できないような顔をして尋ねる。
「清龍小学校……? この辺りの校区だと城北小学校じゃ……」
「? 小中高大、全部竜虎幼稚園から進むんだよ?」
「は?」
相川は梵の言葉で初めてこの幼稚園がエスカレーター式の小中高大と同じ国立の機関であることを知った。
(この辺のことは後で調べとくか……)
そんなことを思う相川を乗せた車は幼稚園の方へと静かに進んで行く。
幼稚園に着いた時、既に相川と瑠璃のクラス子どもたちは集められ、物語が始まろうとしていたところだった。
題名は、「まいごのこねこ」
あるところに、いっぴきのこねこがいました。お母さんねこが死んでしまい、みぞれ交じりの雨の中で寒そうにふるえています。
それを見つけた一人の少年。かれはかわいそうなこねこをおうちに連れてかえり、お母さんにたのんで、あたたかいおフトンとミルクをあげていっぱいかわいがってそのねことくらします。
こねこはみぃちゃんと名付けられ、少年の愛を受け取ってすくすくとそだちました。
しかし、そんな幸せな生活は長くは続きません。少年のお父さんがべつのところで働くことになり、少年たちは引っこすことになるのです。
少年はおともだちとはなればなれになるのがいやでしたが、おしごとなのでしかたがありません。少年はお母さんといっしょにひっこしじゅんびのおてつだいをします。
みぃちゃんはおそとにいたのでそんなことはしりません。でも、かえってきたみぃちゃんはダンボールの中に入ったり、ダンボールで爪とぎをしたりしてあそびます。
そのようすをみていたしょうねんは、おそとにいるおともだちとはなれたくないから、みぃちゃんが引っこしに行きたくないのだとかんちがいをしてしまいました。
そして引っこしの日、いつものようにあそびに行ったみぃちゃんがかえってくるとおうちはまっくらです。
みぃちゃんはこころぼそくてなきました。「みぃ、みぃー!」
でも、だれもいません。仲良しだった少年も、やさしかったお母さんも、ぶきようだけど愛じょうをたっぷりくれたお父さんも返事をしてくれません。
みぃちゃんは少年たちを探す旅に出ました。道中でおじいさん、おばあさんたちがみぃちゃんを助けてくれ、お家で飼おうと言ってくれますが、みぃちゃんは大好きな少年の下へと無我夢中で向かいます。
そして---なんとみぃちゃんは、2000キロもあるいて、少年たちのお家にたどりつくのです。
そこでみぃちゃんは少年たちといつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし……
という話の流れの間に相川は30回ほど突っ込みを入れたかった。
寒そうな子猫が入ってるのはダンボールなのだが捨て猫じゃないの?
猫飼ってないのに猫用のミルクがあるってお母さん準備凄くない?
猫が育つの早過ぎじゃね? 拾ってきた時も子どもは防寒対策ばっちりの重装備だし、旅中で初めての雪に驚いてるってことは3ヶ月経ってないよね?
引っ越しまで僅かな期間しかないのに2000キロ離れるって相当だよね?
猫が段ボールずたずたにしても中にある書類引きずり出しても笑ってる母親スゲェ……
まぁ相川的に色々突っ込みどころはたくさんあったが、瑠璃が無駄に感情移入して聞いていたので黙っていたし、終わってからは感動して泣きながら「よかったね、よかったねみぃちゃん……」と言っていたので無粋なことは言わなかった。
因みに泣いているのは瑠璃だけだったが、その瑠璃を見て泣く子が出始めて相川は妙な感心をしつつ匿名で「この本はシングルファザーで子育てをしている家庭のことを考慮に入れてないのではないか」とか文句を付けたらどうなるかなどとくだらない妄想をして過ごした。
その日の放課後、瑠璃の家に門下生が入って来る。いや、正確に言えば元門下生たちの生活が安定してきたので遊神流に戻って来たのだ。
「武志だ! 麻生田門下で突きが得意だ、よろしく!」
「刀祢だ。遊神流谷和原門下、投げや極支なんかが得意だ。よろしくお願いする。」
「彰。毛利門下の蹴り使い。よろしく……」
「名奈だよ。相木門下、よろしくね~」
男3人と女1人。瑠璃の珍しい本があるという発言でのこのこついて来た相川は何故この場に呼ばれたのかよく分からなかった。
「……仁くん。瑠璃、この人たちと遊ぶけど……おいて行っちゃダメだからね? いい? ダメなんだよ?」
「……あぁ、そういう……」
今日の絵本で気に掛かったのだろう。瑠璃の念押しに対して相川は納得しつつ了承はせずに適当に瑠璃を喜ばせつつはぐらかし、帰った。