疲れるから
「雷掌!」
「……金剛打! くっ……また勝手に変な名前が……しかもこれさっきと同じ技なのに別名になってるし……!」
「ちゃんと名前決めないとそうなるよ!」
必殺は全て封じられ、奏楽などの戦闘で想定していた以上の瑠璃の前に全力を出しても勝てないことを悟った相川は既にある程度手を抜いてフェイントなどの意味も持たせずに普通に喋りながら瑠璃と戦っている。
瑠璃も元より遊びの一環として行っている物なので相川の独り言に付き合いながらその恐ろしいまでに可愛らしい顔を戦闘一色に染め上げて攻め込んでくる。
「いや、決めてるのは本気で相手を殺す技だけだし……」
「え~仁くん殺神拳なの~? 活神拳にしようよ~」
「俺はどっちにも就く気ないけどな。」
「む~……活神拳いいよ? えっとね、何か色々もらえるよ?」
二人は戦闘開始から激しくなる一方の武闘を行いながら会話をする。炸裂音や破砕音でその声はこの場にいる殆ど誰にも聞こえていないがそろそろ時間が来そうだと相川が判断して時計を見た。
時間は超過していた。ついでに、少しだけ壊れた道場に補修費で軽く泣きそうになっている職員と避難している子どもたちの姿も見えたが気にしない。
そんな相川の視線に釣られて瑠璃も時計を見て首を傾げながら熊手突きを放って不満気にする。
「え? もうこんな時間なの? ボク、もっと遊びたいよ~! そうだ! 止めに入れないくらい激しく行こう?」
「疲れるから嫌だ。時間だから終わる。」
「む~! ケチんぼ! いいもん、やるもん! 遊神流・乱れ桜!」
「……毒我流・闇蛍。」
降り注ぐ瑠璃の攻撃をその場にいたのに掻き消えるかのような独特の歩法で躱すと瑠璃はそこをさらうように足払いを掛ける。相川はそれを踏み潰した。
そこから更に踏み抜く!
「連山踏破!」
「ぁうっ!」
「捕まえた。」
「聞いて! お終い! もう終わったの!」
「う~……」
梵の介入にむくれる瑠璃。相川は眠い……と言いながら目を擦り、瑠璃から手を放し、判定を待たずにお昼寝部屋に移動した。
判定の結果、1ポイント差で勝利した瑠璃だったが、それよりもと相川を追いかけて布団で寝ようとし始めている相川にもっかい! もっかい! とせがみ始めたため、道場の修復と相まってこの日のトーナメントは終了する。
相川は発勁で無理矢理力を出したので全身がズタズタになっていて眠りに落ちざるを得なかったのは誰にも言わなかった。
「……くそ、仁め……強いなら僕とも戦え!」
「ヤダよ疲れる……」
「お前、武術やってる人に対する侮辱だからな! 絶対許さないぞ!」
「……俺がやってるのは武術じゃねーし……真面目にやってる人は真面目にやっててくれ……というより俺だって俺流に真面目にやってる……」
その日の閉園近く。相川は奏楽に絡まれていた。因みに瑠璃には物理的に絡みつかれている。ちょっと軽く自らの力の加減を間違えたせいで骨折していた相川は微妙に嫌そうな顔をしながら現在は修復を終えた腕で瑠璃を抱えている。
「もっかいしよーよぉ……あ、今からボク仁くんのお家で遊んでくるから奏楽くんお父さんに言ってて? ボク、久し振りに本気出せたから今日はお休み!」
「……わかった、けど……」
奏楽は悔しかった。幼稚園内で唯一瑠璃と互角に渡り合っていた自負が先程の一件で霧消したのだ。
奏楽はあの戦いを見て自然と覚っていた。瑠璃は自分との戦いの際にも手を抜いていたのだと。いや、手を抜いていたというのには語弊がある。ただ全力を出していなかったのだ。
それだけならまだいい。しかし、その本気を出させたのは自分よりも努力をしていないと思われる相川だったのだ。しかも、瑠璃はその相川のことを妙に気にかけているのも奏楽の不機嫌さに拍車をかけている。
「……瑠璃ちゃん、あんまり遅くなったら怒られるからね?」
「うん。奏楽君ありがとー! 大好き!」
瑠璃の言葉に相好を崩しかける奏楽だが、今はそうじゃないと首を振って相川に宣戦布告して奏楽はバスに乗った。そして相川は瑠璃に尋ねる。
「……え? お前ウチ来んの……?」
「うん。あ、瑠璃勝ったからちゅーもする。」
「奏楽とやってろよ……鬱陶しい……」
「ヤダ。」
やだやだ期かよ……と相川がげんなりしていると迎えが来る。相川の迎えは最初に洗脳した男性だった。
「おっ、着きやしたぜ頭ぁ!」
「……え?」
「……まぁ、色々あったんだ。素人が解毒しようとしてその毒物の解除のために変なことに……まぁ、細かいことは気にするな。」
洗脳した青年は大型バイクにサイドカーを付けてやって来ていた。相川は一人乗りのサイドカーを見て瑠璃に告げる。
「……瑠璃、サイドカーは一人乗りだ。諦めろよ?」
「何で? 瑠璃がバイクの後ろに乗ればいいよね?」
「……チッ。」
面倒臭いのでおいて行きたい。相川はそんな気分を一切隠さずに瑠璃と一緒に自宅へと戻って行った。
「着いたー! ねぇねぇ何する? ミノムシごっこは!? あ、ちゅーしてなかったからタコさんごっこが先?」
「ロリ瑠璃ラリ瑠璃るりっるりとでも言って踊ってろ。」
「ろりるり?」
「ラリ瑠璃るりっるり。」
「らりろりるりろりるりっるり……?」
「……言わせておいてなんだけど……いや、やっぱ何でもない……」
相川は瑠璃を馬鹿にする為に言わせてみたのだが思いの外瑠璃の言い方と仕草が可愛過ぎた。そのため何をやっているんだろうと言う自己嫌悪に陥った相川は落ち着くために息を吐いて目の前でそわそわしている瑠璃を見る。
「で、何するの!? お昼寝? 添い寝してくれるって言ったよね!」
「出来るとは言ったがするとは言ってない。」
「うん! よくわかんない! してくれるんだよね!? 仁くん、そう言ったもんね!」
今日の瑠璃さんはスーパー幼児を一時的にお休みして子どもとして行動している。そして欲望のままにベッドに腰掛けて絨毯に正座している瑠璃を見下ろしている相川に襲い掛かった。
「うわっ、やめ……」
「きゃー♡! ミノムシタコさんで添い寝!」
テンションの高い瑠璃に全部乗せを喰らって相川はベッドに押し倒され、何かデジャヴとどこか冷静に思いながら為すがままにされていた。
(くっそ、俺の方が強いから近付きたくないって思わせようとしたのが失敗だったか……瑠璃の方が強かった……疲労骨折くらいだから動かさなければ氣の力を使って明日にでも治すが、今は無理……)
昼間の疲れが残っている相川は瑠璃に抗う術を暗器や銃火器、その他物騒な武器しか持たない。流石に瑠璃にそれを使うのは気が引けたので相川は瑠璃の為すがままでキスを浴びつつ抱き締められる。
「えへへ~えへへへへへへ~!」
「……気は済んだ?」
「んーん! 全然! だってね、瑠璃ね、二日も我慢したんだよ?」
「……その分の濃縮還元で俺が今我慢をする羽目になってるわけか……」
相川が納得する裏で瑠璃は非常に可愛らしく小首を傾げながら「のーしゅくかんげん? はめ?」などと呟く。対して相川の方は諦めがついた。
「……まぁ少~しだけ強引だったとは思ってるから致し方ない。ある程度好きにするがいい。」
「じゃあお風呂入ろ?」
「いきなりぶっこむなテメェ……それは倫理的な問題と帰る時に冷えたら駄目だという健康的な問題で却下。」
「倫理ってなーに? 瑠璃の名前みたいだね~?」
「……そろそろキスは止めよう?」
「ヤダー!」
この後、遊び疲れた瑠璃は眠ってしまい、遊神が迎えに来ることになる。その所為で相川が遊神と繋がりがあることが判明。しかも文句を言っていたことから門下ではなく対等なのではないかという噂が流れ、この辺りの地域が更に変わり始めた。